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カテゴリー「料理」の記事

2019年5月28日 (火)

世界一の大都会へ⑦

911メモリアルのそばからタクシーを拾い、30分ほどで球場へ。
このときはもう、雨は完全にあがっていました。チケット売り場に
直行してそこそこ良い席(100ドルくらい。外野席で1番安い席
だと17ドルくらい)を買って球場入口へ。

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なんて言うか、ものすごく雰囲気のあるゲートです。

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そしてこの日はサービスデーということで入り口でトートバッグ
もらいました。ビニール製で無料配布品相当のクオリティという
感じですが、もったいないので未使用状態で取っといてます。

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そして球場を見たとき、ものすごく筋違いなことなんですけど、
率直に思ったこと、それは

ここで投げたい

でした。他のどの球場でもそんなこと思ったことは無かったん
ですけど、なんだったんでしょうねこの気持ち。これがメジャー
でも屈指の名門球団とその球場が持つ力だったんでしょうか。

そしてこのときラッキーだったのが、全然意識したワケじゃ
なかったんですが球場内の博物館が座席にかなり近い場所に
あったことでした。そうじゃなければ存在すら知ることなく
スルーしていましたので。その展示物には目を見張るものが
ありました。

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球聖、ベーブ・ルースのユニフォームと野球カード。カード、
市価いくらになるんだろう・・・
ユニフォームは近年の選手だとジーターやリベラの物も展示
されていました(ゴジラさんは残念ながら・・・)

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でも松井選手がMVPを獲得したワールドシリーズの指輪は
展示されていました。

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ベースボールキャップの変遷。て言うか20年代って普通の
帽子ですね。野球よりもゴルフとかでかぶっていそう

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この日の先発は田中投手。上記自分の「投げてみたい」を
リアルにやられている方です。マウンドに上るときには
日本のアイドル(ももクロ)の曲が流れていました。もち
ろん日本語

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球場のランチと言ったらホットドッグです。もちろん他の
メニューもありますが、やっぱり基本はこれ。右の謎の
黒い物体は串焼きベーコンです。ホットドッグだけじゃ
少し足りなくて衝動買いしたんだけど、見た目通りのコゲ
コゲで・・・アメリカ人はカリカリベーコンが好きだって
言うのは知っているんですが、それでも焼きすぎだと思い
ます。ついでにパスタは茹ですぎです(アメリカで食事を
するとき、パスタ系は安定してハズレ扱い)

試合はヤンキース選手の打ったホームランが観客による
守備妨害でアウトになって、それに抗議した監督が退場
させられるという荒れた展開にもなりましたが、マー君は
7回2失点の好投で試合はヤンキースの快勝。途中から
天気もすっかり晴れて、試合も大勢は決まったしマー君も
マウンド降りたしで7回裏が終わった時点で球場をあとに
しました。

行きはタクシー簡単に拾えたけれど帰りは簡単に拾えるか
わからないから電車で帰ろう

そう思って球場に併設されている駅に歩いていきました。

このことが悲劇(?)を生むとも知らないで・・・

世界一の大都会へ⑥

前回の記事で書いたメトロポリタン美術館で初日の予定はひとまず
終了。ここからはさすがにタクシー拾ってホテルに向かいました。
美術館の前には黄色いタクシーがいくらでもたむろしていますし、
乗ってみるとああやっぱりタクシーって楽だなあと。

ホテルでチェックインを済ませたら夕食。ホテルのお向かいにある
パブに向かいました。

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なかなか雰囲気のあるお店でした。
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せっかくの旅行なのでニューヨークらしい料理を注文しました。
州の地ビール、牛乳でなくトマトがベースのマンハッタンスタイルの
クラムチャウダー、それにバッファローチキンウィングという手羽先
&手羽元料理です。ここでのバッファローは動物のことでなくニュー
ヨーク州のバッファローという街が発祥の辛酸っぱいソースをからめ
ているから。ちなみにバッファローはナイアガラの滝観光の玄関口
でもある場所ですが、ニューヨーク市からは飛行機で1時間半くらい
離れています。ニューヨーク州って実はけっこう広いです(北海道と
九州を足したよりちょっと大きいくらい)

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でもニューヨーク市は過密状態なのでホテルも狭い立地を目一杯
上に伸ばしたような宿でした。泊まったフロアも33階とかでした。
そして二日目は朝からそぼ降る雨・・・

この日はヤンキースの試合が午後一時からあり、田中マー君が先
発予定とのことだけれどこの天気じゃ試合をやるのか不安でした
(日本と違って多少の雨でも強行するみたいですけれど)天気予
報も前から雨マークだったのでチケットはまだ買っていません。

まずは9時過ぎにホテルを出て、昨日訪れた911メモリアル、そこに
併設されていた博物館に向かいました。前日も博物館があることに
気づいていたのですが長蛇の列。この日は開館後早々に行けば
すんなり入れるだろう、そう思いながら。けど甘かったです

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すでにものすごい長蛇の列ができていました。しかもこれ、チケットを
購入するための列です。9時半すぎに並び始めて入場券を手に入
れるまでに2時間並び、しかも渡されたチケットは入場できるのは
1時以降。

幸い博物館自体は夜7時まで開館しているとのことでしたし天候も
回復してきたのでチケットを手に入れたらすぐにタクシーを拾って
野球場に向かいました。このときはさすがに電車という発想は排除
しています。

引き続き、ヤンキースタジアム訪問記です

2018年8月12日 (日)

天蓋を目指して(その8)

思いの外長編になったアラスカとバローの旅、最終回はバローで訪れたいくつかの施設について紹介をしたいと思います。

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エスキモーの文化などについて紹介をしている文化施設、イヌピアット・ヘリテージ・センター

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内部には原寸大のクジラの模型やエスキモーの装飾品、北極熊の剥製などが展示されていました。またお土産物も売っていたのですが、総じてものすごく高かった…あと北極熊とかクズリ(英語名:ウルヴァリン)の毛皮を使った小物も売られていたのですが、お値段もそうだけれどワシントン条約がちょっと心配です

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センターは2階建てなので、上から写真を撮ることもできました。見てのとおり、木は一本もありません。ここの厳しい環境では生えることができないのです。建築資材の入手ルートも限られるので、内部はともかく外部はプレハブ的な建築資材がメインです。

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そして道路を挟んだ少し先には立派なショッピングセンターもありました。広い店内には食料品や日用雑貨、果ては小型のバギーまで売られており、まさにこの町のライフラインを支えていると言って過言では無いと思います。が…

お値段異常に高いです

先の文章でも書きましたが、バローは陸の孤島です。年に1回は船(骨のアーチの背後にちょっと写っています)が来たりもするのですが、生活物資の輸送は全て航空貨物に頼っています。なので当然そのお値段も…


こちらの動画で詳しく紹介していますが、トマトが1つ4ドルとかハーフカットのスイカが40ドルとか…ただ、それでも物(しかも生鮮食料品)が売られているということは当然ながらそれが商売として成り立っているからです。近くに石油プラントも存在するバローの町、聞いた話だと住民の平均年収は8万ドルになるそうです。ただ、だからと言って

・娯楽施設が皆無
・マクドナルドも無い(驚くべきことにサブウェイはあります)
・夏の最高気温が平均3度
・冬の最低気温が平均マイナス30度
・夏は二ヶ月太陽が出っぱなし
・逆に冬は二ヶ月全く日が昇らない
・飲んだくれ発生防止のため、酒類の取扱いは原則禁止

という町に住みたいかと聞かれると…ではあります。

また写真を撮ることはできませんでしたが、小学校や高校もしっかりあります。住民4400人に対して義務教育を受けている人数が700~800人はいるとのことなので、人口ピラミッドは日本よりも健全なんじゃないかと。

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地元青年会の人たちが商工会議所みたいな場所でイヌイットの踊りを披露してくれました。後ろの人が持っているのは伝統的な太鼓。かなり大きな音がします。

そうしたところを回ってツアーは4時に終了しました。ここから一泊する人たちもいましたけれど、個人的には日帰りで正解だったかなあと。日も沈まない中、ノンアルで一晩ここで過ごすのはちょっと厳しそうです。

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出発前とかにホテルの周りでもう何枚か写真を撮りました。たまにクルマは通りますが、人通りはほとんどありません。そして音というものがほとんどありません。こうしたところに自分は「荒涼と言う言葉を形にした」と感じずにはいられませんでした。人が住んでいて、大規模な災害に見舞われたとかでもない場所なのに、住んでいる人には失礼かとは思うのですが、言いようのない寂しさを感じずにはいられませんでした…

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ツアー終了後、ホテルのロビーで北極圏を超えましたよという証明書を貰いました。これは大切に取っておきたいと思います

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おまけ:アンカレッジに戻ってから食べた夕飯、鮭定食(?)。これでも一応、アメリカ的にはヘルシーメニューに分類されます。

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もう1つおまけ:ロサンゼルスに戻ってからトーランスのスーパーで買った夕飯。お刺身の盛り合わせと豆腐&海藻のサラダ。やっぱりロスは便利です…

2018年8月11日 (土)

天蓋を目指して(その6)

アラスカ旅行3日目、朝の4時に目を覚まして身支度を整え、タクシーを呼んでアンカレッジ空港に出発。今日はいよいよ、アメリカ最北の地、バローに向かいます。

バロー、北極海に面し、外界のどことも道路がつながっていない正真正銘の陸の孤島、いわゆる極北アラスカに分類される地域。2年前初めてアラスカに行ったあと、そういやアラスカの最北ってどこなんだろうとグーグルマップで調べて以来、なんだかずっと気になっていた地域、別に治安に問題があるワケでもないのに、なんだか少し緊張します。

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バローに向かう飛行機は、案外大きな機体でした。メキシコ内での出張のときとか、もっと全然小さな飛行機に乗ることも多いので少し意外に思いましたが、日常物資の輸送を全て航空貨物に頼っているという関係上、人よりもむしろ荷物を運ぶために大きめの機体を使っているのかもしれません。

そして行きの便はまっすぐバローへは向かいません。アンカレッジから1時間半、まずそこから少し東、アメリカ最大の油田があるプルドーベイのデッドホースという空港に向かいます(なんだかすごい名前です。なんでも最初にそこに進出した企業から取ったらしいのですが、なんでそんな企業名にしたんだろうかと)

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プルドーベイへの到着を示す自分のケータイ。ここの天気を「現在地」として示したことのあるスマホはたぶんとっても少ないと思います。なお、この時点ですでに北極圏に足を踏み入れています。

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プルドーベイが目的地の人はここで飛行機をおりますが、そうでない自分みたいな人は機内に残ります。安全・保安の関係上飛行機から一歩も外に出ることは許されません。上の写真は客室乗務員さんにそれを確認したうえで、機内に足を残しながら半身を乗り出して撮りました。

なんでもこのプルドーベイという所には原住民というのはいないそうです。ここに住んでいる人たちはあくまで油田で働く人達とその家族そして食事や宿の世話をする人たちだけで、関係者以外ほとんどの地域が立入禁止だそうです。なんだか色々複雑です。

そして1時間ちょっと待機して、再び空路で40分、地上にかなり近くになるまで地面の様子が全く見えないほど雲が厚く垂れ込める中、ついにバローに到着しました!

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最初に出迎えてくれたのはバロー空港の建屋でした。ええ、自分も相当あちこちの空港を旅してきましたけれど、間違いなく初めてでした。

片側一車線の道路挟めばカメラ(コンデジ)に全景入り切る空港というのは

しかもパノラマ機能とかそういうの一切不使用で。

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空港のロビーです。これでほぼ、全部枠内におさまっています。

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手荷物はコンベアでなく、向こう側から係のオッチャンが手作業でここに置いて行きます。

まずこの空港の規模にカルチャーショックを受けました。空港というよりもどこか地方の鉄道駅にでも降り立ったかのような錯覚に陥ります。今はなきお台場の船の科学館、そこで青函連絡船とともに再現されていた冬の青森駅とかそっち方面を思い出しました。
とにかく自分が申し込んだツアーのロゴがついたバスを探し、8月の北半球なのにみぞれが降る、気温2度の中、ホテルに向けてクルマは走り出しました。

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マイクロバスの車窓から。そこにはボストンのようなレンガ造りの建物群も、ラスベガスのような豪華な町並みも、アンカレッジのような緑の山々に囲まれた絶景もありませんでした。あるのはただひたすら、『荒涼』という言葉をそのまま形にして描き出したかのような風景です。

「とんでもないところに来てしまった」

町の景色を見た第一印象がそれでした。それは決して後悔とかそういう意味ではなく、かと言って「来てよかった~」というような脳天気な喜びでももちろんなく、なんとも言えない、とても複雑な気分になりました。

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バスは10分もしないうちにツアー主催者の運営するホテルに到着しました。トップ・オブ・ザ・ワールドホテル、アメリカで最も北に位置するホテルです。

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宿の中はとてもキレイで清潔感がありました。そして何より、きちんと暖房が効いていたのが嬉しいです。時間はこの時点で11時前、ツアー開始の正午まで少し時間があります。

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というワケでホテルの食堂で軽く昼食。メニューはホットチョコレートとサーモンバーガー。これで25ドルとなかなかのお値段です(味は上出来でした。サーモンパテ、アラスカの他の町中で食べるよりよっぽど美味しかったですし)。

次回はたぶん最終回、ツアーのレポートをお届けいたします。

2018年8月10日 (金)

天蓋を目指して(その5)

アリエスカリゾートを出たあとはちょっと一昨年も寄った湿原地帯で寄り道をしたりしながらとりあえず来た道を戻ります。この日もアンカレッジ泊ですが翌日は早起きして空港に行くだけなので、この日のうちにさっさとレンタカーは返却。朝の手間も減らせるしレンタカー料金も安くなるしで一石二鳥です。

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ちなみにバードウォッチングの場としても開放されている湿原地帯での1枚。個人的にこれが地上で撮った写真ではベストかなあと。単なる快晴じゃなくて適度に雲があったのも今回の旅の写真映りを良くしてくれました。

向かった先は空港のほど近くにあるアラスカ航空博物館(Alaska Aviation Herritage Museum)。アラスカと切り離せない航空機との関わりについて触れた、比較的小さな博物館です。ガイドブックでは朝方アンカレッジに到着した場合、ホテルチェックインまでの時間つぶしに行ったら良いと書かれていました。

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そんな場所なので、屋内展示されている飛行機は基本的に小型機です。用途は主に郵便物の配達など。航空機を使うことでそれまで犬ぞりで20日かけて配達していた郵便物が4時間で行けるようになったことなどが誇らしげに書かれていました。

そして恥ずかしながら自分もこの博物館に来て知ったのですが、アラスカは二次大戦のとき、日米が戦火を交えた土地でもありました。アラスカの先端にあるアリューシャン列島、そこを争奪し、そして一時期は日本が占領したそうです。それは二次大戦中のアメリカ軍にとって、初めて自国の領土(植民地を除く)を占領されたこともあるという歴史でした。
(博物館内ではそのときの歴史について触れたビデオもやっていました)。このあたりの歴史についてはウィキペディアとかを見ると概要が記載されています。

ただ、全体的にそれをもって日本を非難するとかそういう色合いは薄かったと思います。

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日の丸の旗が高いところに掲げられていたり、当時のポスターが額縁に入って良好な保存状態で置かれていたのを見るかぎりは(もちろん勝者の余裕というのもあるでしょうし、額縁も地面に置いてある時点でちょっと微妙な感じはするのですが)

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ちなみに屋外には今なおアメリカで使われているF15戦闘機やアラスカ航空のボーイング737などが、わりとぞんざいに展示されていました。戦闘機、普通に手で触ることができます。

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ジャンボジェットの機内。案外狭いです。ここにあんだけの座席を詰め込んで、100人以上の人間を乗せているのかと思うと…まあ家とかも家具が無いと狭く感じるものですが。

そしてこの博物館、フッド湖という湖の湖畔にあるのですが、ここにあるフッド湖水上飛行場は世界一多忙な水上機の飛行場だそうです

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実際こんな感じの小型飛行機が数分おきに離着陸を繰り返していました。湖畔には管制塔を模した展望台(と言っても2階建てですが)もあり、天気の良い日にそこのベランダでボーッと飛行機の離着陸を眺めるのも楽しいと思います。

そして博物館の人にこれはどういう用途の飛行機かと聞いたところ、観光用がほとんどだとのことでした。遊覧飛行であったり、釣りスポットへの送迎用であったりと。うん、個人的にはそういうのだったら陸路で十分です。離陸するとき、結構左右にブレながら飛び立っていましたし。

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そしてレンタカーを返したらタクシーで市街地に戻り夕食。メニューはオヒョウ。翌日は飛行機に乗るしということで、前の日よりはだいぶ軽めです。

明日はいよいよアメリカ最北端、バローへ向かいます。

2018年8月 9日 (木)

天蓋を目指して(その4)

アラスカ旅行前半、アンカレッジの旅、保護センターの次に自分が向かったのは前回行きそびれたというよりも今回の旅行計画中に存在に気づいた場所、アリエスカリゾートホテルでした。

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山中にあるキレイなリゾートホテル。泊まってみようかとも思ったのですが、数週間前にはすでに満室だったので断念。

なんでここに行ったかと言うとロープウェイで山の上の方に行けるからです。

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つくづく言いますが、自分は高いところ苦手です。足すくみます。飛行機とか必要だから乗っていますが、未だにあんな巨大な物体が空を飛ぶのか理解できません。ベルヌーイの定理?何それ美味しい?という感じです。

でも高いところからの見晴らしは好きというあたり、我ながらめんどくさい性格しているなとは思います

山頂までは6分ほどなのですが、往復(と言うか当日は何回でも乗れるみたいです)チケットが30ドルとかなり高め。ただ、山頂にある食堂で使える20ドルの食券がついたチケットは39ドルです。ホテルの中でお昼食べなくて良かった…(メニューにピンと来るものが無かったのでやめといた)

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トレッキングルートもかなりしっかり整備されているので、歩いて山頂を目指すこともできるみたいですが。ええまあ、やってもよかったんですけどね。脚力にはそこそこ自信ありますし。ただまあ、これ以外にも色々と予定が詰まっていたのでスケジュール優先で仕方な(略)

とにかくロープウェイで頂上に行くと、そこに待っているのは期待以上の景色でした。

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いや~、なんて言うか、本当にこの日が晴れていて良かったです。山頂からの景色は今回初めて見ましたが素晴らしいの一言でした。
ちなみにこのあたり、スキー用のリフトも併設されていたので冬には滑ることもできるみたいです。山の傾斜を見るかぎり、かなりの難コースだと思いますが。

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お昼はカニサラダのサンドイッチとアラスカ海産物のチャウダー(と言うわりにかなりジャガイモでかさ増ししていましたが)、それにクランベリージュース。きちんとキッチンで手作りしているので美味しかったです。とくにサンドイッチに使われているパンが固さ(固めと柔らかめの中間)とか少し甘みのある生地とかでかなり自分好みでしたし。

次回はレンタカーを返しがてら、空港近くにある航空博物館に向かいます

2017年11月21日 (火)

人生初の体験でした②

さて、そんなこんなで普段じゃ絶対に経験できない国際線のビジネスクラスに乗れたワケですが、もちろん食事の内容もエコノミーとは全く異なります。

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参考画像:帰り道のエコノミーで食べた食事。左から夕食、軽食、朝食。夕食は豚肉のハンバーグ。これはこれで十分美味しかった。
朝食はあんまりお腹が空いていなかったからとベジタリアン向けの麺というのを頼んだのですが、けっこうクドかった…でも、全体的にロサンゼルスからサンパウロに飛ぶときに食べたのよりはずっと美味しかったです。競争相手が多いからなのか、日本のケータリング工場から仕入れたものだからなのか、それともその両方が理由なのか…

そしてこれらの料理は全部、通路をカートでガラガラと押してきて、ビーフ・オア・チキン?みたいな感じで聞いて、そして出してくれるというのがエコノミーのスタイルなのですが…

ビジネスだと先に注文を聞いてきます

そして配るときも一人ずつ配っていきます、挙句、前菜、メイン、デザートと分かれています。こういうところでも、ちょっと感動。

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まずは前菜。キヌアとマンゴ、野菜のタンバル(わさびマヨネーズ、ジンジャーピクルス、シラントロ)←メニューをそのまま書き写しているので、何が何だかは分かっていません。
パンはバスケットに数種類入れて持ってきてくれます。食べなかったけどおかわり自由。

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メインディッシュは魚料理。鯛のハーブクラスト焼き。他の選択肢はショートリブ煮込み、放し飼い鶏のグリル焼き、ほうれん草のラビオリ。

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デザートはラズベリータルト。他の選択肢はアイスクリームサンデーやチーズの盛り合わせ(デザートと言うよりもツマミ?)。コーヒーカップもプラスチックではなく陶器製。

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途中で出てきた軽食はお蕎麦とフルーツ

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朝食は朝っぱらからトンカツにカレーソース

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それでもまだ足りないという人には、通路の途中にプチケーキやヨーグルト、一口サンドなんかもご用意しています。ご自由にお召し上がりください!

…とまあ、とにかくエコノミーに比べて中身も豪華なのですが量も多いです(ちなみに空の上で食あたりなど起こされては困るということで、刺身類は一切出ません)。
勿体無いの精神もあって出された食事は残さず平らげましたが、ちょっと頑張りすぎた…帰国後の夕食時まで胃もたれ残っているような感覚がありましたし。あ、あと離陸直後にミックスナッツ出してくれたり、離陸前にウェルカムドリンクを出してくれたりもします。

ただ、そんなビジネスクラスですが、だからエコノミーと違って体力の消耗ほとんど無し!ホテルのベッドから起きた直後のように自由に動き回れるぞ!なんてことはなく、やっぱり長時間のフライトなので疲れるものは疲れます。寝るとき座席がフルリクライニングになったり、トイレで並ばなくちゃいけないことが少なかったりと助かる部分はとても助かるんですが。

だからもしもまた、こういうチャンスがあったとしても…うん、それでもたぶん選ぶだろうなあ。今度は前より迷いなく。何十万円ものお金を出してとまでは思わないけど。

ちなみにJALのマイレージ登録は残念ながらエコノミー扱いでした

2017年10月25日 (水)

ブラジルに行ってきました③

前回のネタから2ヶ月ほど空いてしまいましたが、ブラジル出張記の3回目、今回はブラジルで食べた料理について少し書こうと思います。

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ブラジルのお昼ごはん、毎食だいたいこんな感じのものを食べてました。ブラジルのお昼はブッフェスタイルのものが多いみたいで、お皿の上に食べたい分だけ載せて、ハカリに乗っけてその重さで代金を払って食べるというのが基本スタイルのようでした。お店の方からみたら、効率の良いシステムです。

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ブラジルに行ったら食べたいと思っていた食材たぶんナンバーワンだったアマゾン川の川魚、ピラルクー。ええ、あれです。ストリートファイター2のブランカステージで吊るされているあの魚です。味はわりと淡白な白身魚。でも身は引き締まっていて歯ごたえはかなりあります。

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そして自分がピラルクーを頼んだかたわら、ローカルスタッフの人と代理店の人が食べていたのはタンバキという、完全に初耳の魚でした。こちらもアマゾンの白身魚。
なお、右の写真でゴハンのまわりでトグロ巻いてるのは揚げバナナです。

ちなみにピラルクーやタンバキがどんな姿をしている魚かということにつきましてはこちらをご参照ください 。て言うか、こんなことも書いてるんだアマゾナス日系商工会議所…手頃な写真がこんなところにあるとは予想しなかった。

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そして最終日、空港で食べた晩御飯。ソーセージ定食。

と、とりあえず目ぼしい食事をいくつか並べてみたいんですが、総じて言えたのが塩味がキツすぎ。正直ちょっと、ここの食生活をずっと続けろと言われたら厳しいものがあるなと。サンパウロだったら日系食材店もあるので、自炊で生きていくこともできるでしょうけどそれ以外の場所だと厳しいなと。あと、ピラルクーにしてもタンバキにしても、あれで醤油と大根おろしがあればとも。日系人多くて、主食にお米もそれなりに普及しているんだから、醤油だって普及していても全然よさそうなものだと思うんですが。

あ、でも写真撮ってないけれどホテルの朝食に出ていたチーズパン(ポン・デ・ケージョって言うらしいです)はかなり美味しかったなあと。ウィキペディアにも項目があるくらいメジャーみたいだし

また、残念ながらブラジルの焼き肉、シュラスコは食い損ねました。

次回はラスト、もう1つの目的地マナウスについてちょっと書こうと思います。

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

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旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

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カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

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内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありません

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

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古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

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そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

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博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

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この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

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最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

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ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

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オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

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空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

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帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

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リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

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ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

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アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます