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カテゴリー「歴史」の記事

2019年7月28日 (日)

駐在中だから行ける場所(その4)

前回から少し間隔が空いてしまいました。理由は急な出張です。
しかも空港に着いたら飛行機が5時間近く遅れると言われ更に
その結果トランジットも7時間待ちになりで、結果普段だったら
片道12時間(それでもけっこうな距離ですが)で済むところを
片道23時間ほどかかって・・・アエロメヒコがスカイチームの
一員で、ラウンジ使えたことだけがせめてもの幸いでしたが。

それはともかく旅レポです。

ネイティブアメリカンの聖地にわざわざ大統領の顔を刻んで作った
ラシュモア山国定記念物、それに抗議をする意味で作られた場所が
あります。名前は

クレイジーホースメモリアル

当地のネイティブアメリカンの英雄、クレイジーホースを記念し、
讃えるために作られた施設です。

Photo_20190728130001

Photo_20190728130003  Photo_20190728130002

施設内はネイティブアメリカンのちょっとした博物館や売店、
それに自分は入りませんでしたがレストランもありました。

ただこの施設、ネットとかで調べると分かりますがかなり賛否両
論な場所だそうです。

曰く、単なる金儲けの施設にすぎない、曰く、クレイジーホースは
写真や肖像画が一切残されておらず、ここで掲げられているのは
白人がイメージする「インディアン」のステレオタイプでしかない、
曰く、山を削ってクレイジーホースの彫像を作ろうとしているけれど
自然を破壊してそんなものを作ろうとすること自体が彼の精神に反
するものだ、などなど。まあ個人的に金儲け云々は雇用を作れるの
であれば搾取とかしていないかぎりオッケーと思うのですが。
て言うか、個人的にツッコミどころは他にあります。

上に書いた通り、ここではクレイジーホースの彫像を作ってます。
ラシュモア山の大統領に対抗するためで、完成したら世界最大の
彫像となる予定だとも書かれていました。

Photo_20190728130102

場内にある1/30スケールの完成予想図です。これが白人のイメージ
する「インディアン」そのものだとか、彼は決して部族の「リーダー」
ではない(そもそも彼らは一人一人が独立した個人でありリーダーと
いう概念が無い)のに指の形はまるで部下に命令をするようだ、など
と批判をされています。

そして実際の姿がこちらになります

Photo_20190728130101

おわかりいただけただろうか?

いや、マジで最初、どこにその彫像があるのか全然分かりません
でした。ただ落ち着いて改めて、じっくり見ていると・・・

2

赤丸部分が横顔です

Photo_20190728130103

このアングルで並べて見るととてもよく分かります。写真のタイトルは
「理想と現実」

なんて言うか、完成するのに何年かかるんだろう・・・そもそも完成
させるつもりが(略)完成はおそらくスペインにあるサグラダファミリア
よりも後(略)

・・・とりあえず、むしろ翌日が本命です(現実、今の自分の「翌日」は
また出張なので、掲載は数日後になりますが・・・)

2019年7月18日 (木)

駐在中だから行ける場所(その3)

アメリカの中でもマイナー州と言えるサウスダコタですが、この
州には実は、かなり世界的に有名な観光スポットもあるんです。
その名は

ラシュモア山国立記念公園

と言ってもピンと来ないかもしれませんが・・・こんなことを
言っている自分も、この名前を覚えるのにずいぶん時間がかか
りましたし。どんな場所かと言うとアレです

Photo_20190718133402  Photo_20190718133403

大統領の顔が彫られているあの山です

彫刻されているのはワシントン、リンカーン、ルーズベルトと
ジェファーソン。まあ、ぶっちゃけ最初の二人以外あんまり
なじみ無いんですが(ルーズベルトは日露戦争のポーツマス
条約関連で一応覚えている程度)。

ちなみに餓狼伝説2やスペシャルのテリーステージでもこれは
出てきますが、あんなに大きくないし、近くに汽車も走っては
いないし、そもそも色が違うしで完全に別物です。

そんなラシュモア山ですが、実際に行って、現物を見たときの
感想はというと

「へ~ほ~ふ~ん」

という感じです。なんて言うか、圧倒されるようなスケールは
ないし、かと言って笑えるほどがっかりするようなショボさが
あるワケでもないし・・・がっかりできなかったことにがっかり
したと言うか、この感覚はええ、あれです

マーライオン見たときの感想と同じです

シンガポールにある、世界三大がっかりと一緒にしたら怒られ
るかもしれないですが、ホントにそれが素直な感想でしたので。

トレイル工事中だったし

Photo_20190718133401

でも、そんな状況でしたが土曜日だったということもあり、それ
なりに盛況でした。でもまあ、人生で1回行ったらもう十分かな
とは。

ちなみにこの顔が彫られた一帯ですが、ネイティブアメリカンの
聖地だとか・・・なんて言うか、うん、なんと言うか・・・

2019年6月 2日 (日)

世界一の大都会へ⑫

自由の女神の観光を終えて船に乗って、あとは戻ってどこかで
時間を潰して空港に行くだけだなあと思っていたのですが、自
分のそんな予想は外れて船はリバティ島のすぐ近くにあるもう
ひとつの小島、エリス島へと向かいました。

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何があるんだろうと思いながら船を降りると待っていたのは
レンガ造りの清洒な建物。看板を見るとどうやら移民の博物
館らしい。今更ながらチケットを見ると自由の女神だけでなく
ここのチケットもセットになっていたらしいのでとりあえず
入館してみます。

P4210882

ちなみに島の全景はこんな感じ。ここも立派な国立公園です。
ええ、どこを国立公園に指定するかはアメリカの(以下略)

調べてみるとこの建物、19世紀末から20世紀半ばにかけて
アメリカ最初の入国管理事務所として使われた所だそうでした。
1階は移民局が出来る前のアメリカ移民についての歴史、2階
はこの建物がどのように入国管理事務所として機能してきたか
ということを当時の遺物や写真を交えて説明していました。

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三階部分から撮った写真、いまはだだっ広い2階のホールも
100年ほど前は渡航者でごった返していたんでしょう。
ちなみに2階までの階段はわりと急なんですが、これが実は
入国希望者への最初の体力審査を兼ねていたというのだから
恐ろしいです。そんな情報、今と違って移民希望者が知る由
は全くないでしょうし。て言うか長い船旅、しかも一部上流
階級を除いてたぶんあんまり快適じゃない船旅を終えた後で
元気にスタスタ階段を上れる人の方が少数派なんじゃないか
と思うんですが。

P4210875

そして当時、受け付け待ちをしていた人達が腰掛けていた
ベンチ。これは当時のモノだそうです。

まあ、正直1階部分はわりとどうでもいい(暴言)のですが
2階部分の展示物は個人的にかなりのヒットでした。時間の
都合で1時間半ほどしていられなかったけれど、できれば
もっといたかったくらい。

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無事に入国審査を通った人がこれからの国内移動に備えて
腹ごしらえをしたりお弁当やお菓子を買ったりしていた売
店とそれに使っていたレジ。昔の物価なので単位はドルで
なくてセントみたいです。

P4210881  P4210895

体調不良その他の理由ですんなり入国できず勾留される事
だってもちろんあります。そんな人達には展示の食器で無
料の食事がサーブされ、右の写真にあるようなベッドで休
む生活だったそうです(ベッドの方は説明の記憶曖昧です)

ちなみにざっくり数えると80%がすんなり(数時間で)入国、
17%が数日勾留のうえで入国、残る3%は入国が許され
ないで強制送還・・・という割合だったそうです。

P4210885  P4210897

移民の人が持ち込んだ荷物も数多く展示されていました。
これらはたしか、イタリア系移民の人達の荷物。

P4210896

当時入国してきた人達のモノクロ写真。日本人と思しき
女の子もいます。

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この建物が移民局としての役割を終えてから博物館として
営業を再開されるまで、建物は長く放置されていました。
これはその放置状態だったときの物を極力当時の状態で保
存していた物だそうです。ピアノはたぶん子供達を楽しま
せるために使っていたんでしょう。デザインからして。

そして二階のこうした展示物の解説は全部ボイスガイドで、
しかも日本語でそのうえ無料で聞くことができます(なお
先の自由の女神像にも無料の日本語ボイスガイドがありま
した。1つ1つの解説がやたら長くてあんまり使いません
でしたけど)。
そういうのを聞いているだけでも楽しいし、たぶん自分が
歴史を勉強するうえで少なくとも今は一番好きなのはこう
いう、名もなき人達の生活の足跡を辿るような展示物なん
だろうなということにも気付かされました。

これで自分が今回観光したところは全部になります。911
メモリアルに始まってピータールーガーステーキハウス、
ニンテンドーニューヨーク、タイムズスクエア(昼と夜)、
セントラルパーク、メトロポリタン美術館、ヤンキースの
試合、911記念館、エンパイアステートビル、自由の女神
そしてエリス島の移民博物館。事前にそれなりに興味あった
けど行かなかったのはブロードウェイのミュージカルくらい、
我ながらよく回ったもんだと思います。

次はラスト、ちょっとした追加情報なんかを書いてきます。

2019年5月30日 (木)

世界一の大都会へ⑨

前回の続き:
滑り込みセーフで何とか間に合った国立9月11日記念館、最初に
待っていたのは博物館とは思えない、飛行場レベルに厳重な手荷物
検査でした。それがこの博物館が他よりはるかに政治色が強い場所
だからなのか、それともテロのことを忘れないためなのか、それは
分かりません。展示物はすべて地下にあり、見学者はエスカレータ
または階段で地下に降りて行きます。

P4200740

その途中には2001年9月11日の朝に撮影された2つのビルの
写真がありました。何も変わらない1日、みんながそう思っていた
朝の写真です。

P4200735

閉館時間直前でしたけれど、中にはまだ多くの人がいました。また
自分も最後の入場者ではなく、あとからも普通にお客さんは入って
きていました。自分は一時間ほどいましたけれど、みんな焦ってる
風もなく、博物館も追い出しの音楽が鳴り始めるようなこともなく、
館内の時間は静かに流れていました。

 P4200733_1  P4200734_3

P4200732_1  P4200731_1

救助活動にあたっていた消防車、そしてツインタワーの片方の屋上
についていたアンテナの残骸です。正直、これを前にしても現実味
というのを感じることはできませんでした。これは本当にあった事
なのか?いつの間にか自分はユニバーサルスタジオに来ていて
なにかの映画で使われたセットの一部を見ているんじゃないか、
そうであったらどれだけ良いか、そんなことを考えていました。

P4200720

上の写真の一部でも写っているパネルです。言葉の意味はおそらく
「どんなに時が過ぎても、あなた達がいた日々を忘れることはない」
と訳せばいいのではないかなと。背景の青は当日の空の色を表して
いると書かれていました。当日は、快晴でした。

写真撮影禁止のエリアには当時のビデオ映像(さすがに飛行機が衝
突する場面などはカットされていました)や犠牲者の写真、当日の
消防士が身につけていたものなども展示されていました。

事件があったのは18年前でこの記念館ができたのは8年前、にも
関わらず入場するのには何時間も並んでチケットを購入する必要が
あって、とても多くの人が訪れている。訪問者の中にはもちろん自
分のような外国人もいるのですが、いかにこの事件がアメリカ人の
心に深く刻みつけられているのかが分かりましたし、同時に21世紀
に起きた、映像も遺留品も膨大なこの事件はこうして永遠に人々の
心に残り続けるのだろうなとも。展示方法、遺物や映像の見せ方は
こう言ってしまうと語弊があるのかもしれませんが、いかに人の心に
響かせられるのか、とても丹念に考えられている印象は受けました。

そして青いパネルに書かれていた言葉に対して、空虚な理想論かも
しれないけれど、悲しみを残すことはあっても憎しみを残すような
ことにならないでほしい、そう思わずにはいられませんでした。

・・・次回はいつものノリに戻ります

2019年4月16日 (火)

自分にとってはある意味象徴

アメリカ、ロサンゼルス界隈の博物館にある、この国ならではの
乗り物を紹介するこの企画、三回目は飛行機です。
これまではスペースシャトルだのタイムマシンだの、現実に搭乗
できる可能性がゼロな乗り物ばかりでした。今回はそれらよりは
はるかに現実味のある乗り物を紹介したいと思います。

P4060557

合衆国大統領専用機

エアフォース・ワンです

いやまあ、アメリカ大統領はムリでも総理大臣にでもなれば
乗れることもあるでしょうから(普通それをゼロと言います)。

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この飛行機が展示されているのは家からクルマで1時間ちょっと、
シミバレーという丘の上にあるロナルド・レーガン記念図書館と
いう施設です。

P4060504

丘の上ということもあり、もちろん見晴らしも素晴らしく、当日
多くの人が詰めかけていました(なお、駐車場はわりと狭いので
早めに来ないと麓にクルマを停めて軽い山登りをするハメになり
ますのでご注意を)

P4060536  

第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガン、30年以上
前に自分が初めてアメリカを訪れたときの大統領が彼でした。
そのため今でも自分にとっては最もアメリカの象徴と言える人物
です。同時に比較的親日的な政治姿勢と、いかなるときもユーモア
を忘れないその性格とメンタルの強さから、個人的に一番好きな
大統領でもあります。トチ狂ったストーカー(ジョディ・フォスター
をストーキングして「大統領を暗殺すれば有名になって彼女と肩を
並べられると思った」と考えた)に狙撃されて、肺に弾丸が入って
いる瀕死の状態で手術の執刀医に

"I hope you are all republicans"
(君たちがみんな共和党員だといいんだがねえ)

と言って和ませるとか、どう考えても普通じゃないです。
それに対して

"Today, Mr. President, we are all republicans"
(今日我々はみんな共和党員です)

そう返して執刀医も半端ないとは思いますが

ライブラリと言っても基本的には博物館、内容の多くは大統領の
功績を称えるもので(当然と言えば当然ですが)、上記の専用機
以外にもいろいろと興味深い展示物がありました。

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ドイツから寄贈されたベルリンの壁の一部とか(東西ドイツの統一
はレーガン大統領の時代でした)

P4060550  P4060551

館内に再現されたホワイトハウスの執務室なんていうのはその
代表的なものだと思います。

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また飛行機以外にも実際に使われたリムジンも展示されていました。

施設の性格上、先に紹介した2つよりもはるかに政治色が強いため
ある意味人を選ぶ場所かもしれません。
けれども大統領専用機なんてそうそう見れるものじゃないですし、
丘の上からの眺めもなかなか素晴らしいので、行ってみる価値は
十分だと場所だと思います。

余談:昨年ブッシュ大統領(お父さんの方)が亡くなったときに
改めてカウントしてみたのですが、自分が幼稚園のときから数えて
アメリカの大統領って6人しかいないんですよね(レーガン、
ブッシュ父、クリントン、ブッシュ息子、オバマ、トランプ)。
日本の総理なんて18人もいますけど

2018年8月12日 (日)

天蓋を目指して(その8)

思いの外長編になったアラスカとバローの旅、最終回はバローで訪れたいくつかの施設について紹介をしたいと思います。

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エスキモーの文化などについて紹介をしている文化施設、イヌピアット・ヘリテージ・センター

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内部には原寸大のクジラの模型やエスキモーの装飾品、北極熊の剥製などが展示されていました。またお土産物も売っていたのですが、総じてものすごく高かった…あと北極熊とかクズリ(英語名:ウルヴァリン)の毛皮を使った小物も売られていたのですが、お値段もそうだけれどワシントン条約がちょっと心配です

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センターは2階建てなので、上から写真を撮ることもできました。見てのとおり、木は一本もありません。ここの厳しい環境では生えることができないのです。建築資材の入手ルートも限られるので、内部はともかく外部はプレハブ的な建築資材がメインです。

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そして道路を挟んだ少し先には立派なショッピングセンターもありました。広い店内には食料品や日用雑貨、果ては小型のバギーまで売られており、まさにこの町のライフラインを支えていると言って過言では無いと思います。が…

お値段異常に高いです

先の文章でも書きましたが、バローは陸の孤島です。年に1回は船(骨のアーチの背後にちょっと写っています)が来たりもするのですが、生活物資の輸送は全て航空貨物に頼っています。なので当然そのお値段も…


こちらの動画で詳しく紹介していますが、トマトが1つ4ドルとかハーフカットのスイカが40ドルとか…ただ、それでも物(しかも生鮮食料品)が売られているということは当然ながらそれが商売として成り立っているからです。近くに石油プラントも存在するバローの町、聞いた話だと住民の平均年収は8万ドルになるそうです。ただ、だからと言って

・娯楽施設が皆無
・マクドナルドも無い(驚くべきことにサブウェイはあります)
・夏の最高気温が平均3度
・冬の最低気温が平均マイナス30度
・夏は二ヶ月太陽が出っぱなし
・逆に冬は二ヶ月全く日が昇らない
・飲んだくれ発生防止のため、酒類の取扱いは原則禁止

という町に住みたいかと聞かれると…ではあります。

また写真を撮ることはできませんでしたが、小学校や高校もしっかりあります。住民4400人に対して義務教育を受けている人数が700~800人はいるとのことなので、人口ピラミッドは日本よりも健全なんじゃないかと。

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地元青年会の人たちが商工会議所みたいな場所でイヌイットの踊りを披露してくれました。後ろの人が持っているのは伝統的な太鼓。かなり大きな音がします。

そうしたところを回ってツアーは4時に終了しました。ここから一泊する人たちもいましたけれど、個人的には日帰りで正解だったかなあと。日も沈まない中、ノンアルで一晩ここで過ごすのはちょっと厳しそうです。

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出発前とかにホテルの周りでもう何枚か写真を撮りました。たまにクルマは通りますが、人通りはほとんどありません。そして音というものがほとんどありません。こうしたところに自分は「荒涼と言う言葉を形にした」と感じずにはいられませんでした。人が住んでいて、大規模な災害に見舞われたとかでもない場所なのに、住んでいる人には失礼かとは思うのですが、言いようのない寂しさを感じずにはいられませんでした…

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ツアー終了後、ホテルのロビーで北極圏を超えましたよという証明書を貰いました。これは大切に取っておきたいと思います

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おまけ:アンカレッジに戻ってから食べた夕飯、鮭定食(?)。これでも一応、アメリカ的にはヘルシーメニューに分類されます。

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もう1つおまけ:ロサンゼルスに戻ってからトーランスのスーパーで買った夕飯。お刺身の盛り合わせと豆腐&海藻のサラダ。やっぱりロスは便利です…

天蓋を目指して(その7)

バローに到着し、食事を取って少しゆっくりして、正午に始まったバスツアー。全体で4時間ほどの半日のツアーでした。

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クジラの骨を使った記念撮影用のアーチやモニュメント。左のは高さ4メートルくらい、右のは高さ2メートル、幅5メートルくらいでしょうか。
バローの住民は伝統文化としてアメリカ政府から捕鯨が許可されています。しかしガイドさんの話によると色々と制限はかけられているとのことでした。
まず捕獲できる頭数ですが今年は通年で25頭だそうです。春には9頭狩りに成功しましたが、致命傷を与えたものの海底に逃げて行ってしまったものも7頭いて、それも頭数にしっかりとカウントされてしまうそうです。なので秋の漁期に獲れるのは残り9頭だとのことでした。

次に鯨肉を商用に使うこともできないそうです。ガイドさんにどこか食べられる所は無いのかと聞いてみたのですが、あくまで個人消費か、友人に無償で分けるかしかできず、販売しようとすると政府の人間がすっ飛んでくるようなことを言っていました。正直、かなり残念。

ちなみに食べ方は茹でて食べるか凍らせて(話の感じだとルイベみたいにして?)食べるのが一般的だとのこと。ぜひ竜田揚げとかトライしていただきたいのですが。

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ちょっと分かりづらいですが、左側には土手が作られています。これから気温がもっと下がるにつれて海からの風も強くなり、海水が道路やその先にある建物にバシバシ当たってしまうので、それを防ぐためだとか。これからもっと高くする予定だそうです。

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アメリカで最も北(て言うかたぶん世界で最も北)にあるアメフト場です。さすがアメリカ人にとって最大の国民的スポーツと言われるだけのことはあります。
ちなみにコートにホッキョクグマが来たこともあるそうです。
なお、地図で言うとこのあたりになります


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そしてアメフト場からほんの少し北に行ったところで「ここから先は道路が荒れていて行くことができない」と言われてしまいました。アメリカ最北端の地、そこまではまだ数キロありますが、ここがおそらく、自分の人生にとっての最北端になると思います。再チャレンジする気は全くありませんし(よほどの希望者がいない限りは)

このあと海岸まで歩いて、北極海の水に手を突っ込んでみました。

寒い、冷たいと言うより痛いです

youtubeの動画を見ると水着姿でこの海に突撃していった人たちの姿がいくつか確認できましたが、とてもそんなこと試す気は起きません。
ちなみにこの旅の一週間前、世界的な異常気象の中、バローも最高気温が14度まで上がりました。そのときはガイドさんの家族で海岸沿いにピクニックに行き、水遊びを楽しんだ子供達もいたそうです。まあ、14度なら分からなくは…(それでも寒いとは思いますが)

最終回、思いの外長くなったので2つに分けたいと思います。次は建物とかそっち系で

2018年8月10日 (金)

天蓋を目指して(その5)

アリエスカリゾートを出たあとはちょっと一昨年も寄った湿原地帯で寄り道をしたりしながらとりあえず来た道を戻ります。この日もアンカレッジ泊ですが翌日は早起きして空港に行くだけなので、この日のうちにさっさとレンタカーは返却。朝の手間も減らせるしレンタカー料金も安くなるしで一石二鳥です。

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ちなみにバードウォッチングの場としても開放されている湿原地帯での1枚。個人的にこれが地上で撮った写真ではベストかなあと。単なる快晴じゃなくて適度に雲があったのも今回の旅の写真映りを良くしてくれました。

向かった先は空港のほど近くにあるアラスカ航空博物館(Alaska Aviation Herritage Museum)。アラスカと切り離せない航空機との関わりについて触れた、比較的小さな博物館です。ガイドブックでは朝方アンカレッジに到着した場合、ホテルチェックインまでの時間つぶしに行ったら良いと書かれていました。

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そんな場所なので、屋内展示されている飛行機は基本的に小型機です。用途は主に郵便物の配達など。航空機を使うことでそれまで犬ぞりで20日かけて配達していた郵便物が4時間で行けるようになったことなどが誇らしげに書かれていました。

そして恥ずかしながら自分もこの博物館に来て知ったのですが、アラスカは二次大戦のとき、日米が戦火を交えた土地でもありました。アラスカの先端にあるアリューシャン列島、そこを争奪し、そして一時期は日本が占領したそうです。それは二次大戦中のアメリカ軍にとって、初めて自国の領土(植民地を除く)を占領されたこともあるという歴史でした。
(博物館内ではそのときの歴史について触れたビデオもやっていました)。このあたりの歴史についてはウィキペディアとかを見ると概要が記載されています。

ただ、全体的にそれをもって日本を非難するとかそういう色合いは薄かったと思います。

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日の丸の旗が高いところに掲げられていたり、当時のポスターが額縁に入って良好な保存状態で置かれていたのを見るかぎりは(もちろん勝者の余裕というのもあるでしょうし、額縁も地面に置いてある時点でちょっと微妙な感じはするのですが)

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ちなみに屋外には今なおアメリカで使われているF15戦闘機やアラスカ航空のボーイング737などが、わりとぞんざいに展示されていました。戦闘機、普通に手で触ることができます。

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ジャンボジェットの機内。案外狭いです。ここにあんだけの座席を詰め込んで、100人以上の人間を乗せているのかと思うと…まあ家とかも家具が無いと狭く感じるものですが。

そしてこの博物館、フッド湖という湖の湖畔にあるのですが、ここにあるフッド湖水上飛行場は世界一多忙な水上機の飛行場だそうです

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実際こんな感じの小型飛行機が数分おきに離着陸を繰り返していました。湖畔には管制塔を模した展望台(と言っても2階建てですが)もあり、天気の良い日にそこのベランダでボーッと飛行機の離着陸を眺めるのも楽しいと思います。

そして博物館の人にこれはどういう用途の飛行機かと聞いたところ、観光用がほとんどだとのことでした。遊覧飛行であったり、釣りスポットへの送迎用であったりと。うん、個人的にはそういうのだったら陸路で十分です。離陸するとき、結構左右にブレながら飛び立っていましたし。

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そしてレンタカーを返したらタクシーで市街地に戻り夕食。メニューはオヒョウ。翌日は飛行機に乗るしということで、前の日よりはだいぶ軽めです。

明日はいよいよアメリカ最北端、バローへ向かいます。

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

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旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

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カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

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内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありません

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

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古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

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そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

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博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

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この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

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最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

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ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

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オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

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空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

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帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

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リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

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ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

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アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます