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カテゴリー「歴史」の記事

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

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旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

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カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

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内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありませんcoldsweats01

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

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古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

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そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

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博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

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この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

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最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

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ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

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オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

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空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

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帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

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リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

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ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

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アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます

2017年2月 2日 (木)

ペルーに行ってきました⑩

前回の続き:帰り道はある意味往路よりもタイムアタック気味に飛ばした自分。なんとか予定時間よりも早めにマチュピチュ山から駆け下りてきたそんな自分の目に一つの立て看板がとまりました。

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向こうに行くと太陽の門へと通じると書いてある立て看板、太陽の門、うん、なんかネーミングからしてそそられる物があります。しかもどう考えても昨日の観光では行っていません。すっごく行ってみたいです。
ただ、タイムリミットまではあと40分くらい。迷っているところに全く別のツアーの日本人ガイドが通りかかったので、これ幸いと話しかけてみました。

「すみません、太陽の門ってどれくらいかかりますか?」
「そうですね~、けっこう遠いから1時間くらいは」
「11時に集合なんですけど」
「あ~絶対ムリですねえ」

残念ながら諦めました。ただ、同じツアーの参加者で自分をはるかに上回るハイペースで行っていたひとは、気合でそこまで回ってきたみたいですけど。Tシャツ短パンの人と言い、やっぱり上はいくらでもいます。

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そして去り際に写したマチュピチュの写真。下山してもなお、昨日よりも分厚い霧が立ち込めています。ちなみに遺跡までの道のりも登りは登り、下りは下りと明確に区分けされていて、来た道を逆走しようとすると止められました。
余談ですが昨日、テレビでグレートサミッツという番組をやっていました。そこで出てきたマチュピチュは雲ひとつない良いお天気で、ああ天気が良ければこういう景色が見れたんだなあと(暑さで死にそうではありますが)。

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遺跡の入り口にあったスタンプです。自分は途中で買ったガイドブックに押しましたが、ツアーで来ていた韓国人数人は嬉々として自分らのパスポートにペタペタとスタンプ押していました。いいのかなあ…とりあえず日本じゃ関係のないスタンプをパスポートに押したりはしないと思うんですが。

さらに余談ですが、遺跡の入り口とアグアスカリエンテスの街を往復するバスは窓側じゃなくて通路側がオススメです。窓側に座ると、断崖絶壁プラスガードレールが曲がり角以外に全然ないのが嫌でも目について怖いので…いや、通路側に座ったからって何の問題も解決していないのはよく分かっているんですが。

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下山したらとりあえずホテルに戻って、チェックアウトはしちゃってるからロビーで一休みして、それからわりとすぐにお昼になりました。
うん、お店がキレイなのはいいけれど、ちょっとキレイすぎるよねというのはツアー参加者のわりと共通した感想。1回くらいはコッテコテの大衆食堂にも行ってみたかったという気持ちは残ります。

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そのレストランでのお昼ごはん。メインは牛肉と玉ねぎ、トマトの炒めもの、それにライスピラフとフライドポテト添え。ロモ・サルタードというペルーの大衆料理です。味付けは中国系移民の影響もあるらしく、日本人の口にも合う東洋風。ウィキペディアの日本語版にも独立した項目があります。

ただ、画像検索するともっとざっくばらんな感じの写真ばかりが出てきますが。

次回は帰りの電車とか。たぶんあと2回くらいで終わります

2017年1月26日 (木)

ペルーに行ってきました⑧

ペルー旅行記、前回に続いて四日目、ついにこの旅最大の目的地、マチュピチュに向かいます。

前回やれ観光地化されすぎだと書きましたが、おかげでアグアスカリエンテスの市街地から遺跡の入り口まではとっても便利。長蛇の列に数十分並べば、ピストン輸送を行っている観光バスに乗って一気に入り口まで連れて行ってくれます。しかも十数台はありそうなバスは全部メルセデス・ベンツ社製で統一。イスが破れてワタが出ているようなオンボロバスなんざ1台たりともございません。

そして入り口から15分くらい石段のような道を歩き続けると、そこにはテレビや写真でしか観たことのない世界がありました。

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ああ、マチュピチュだ…マチュピチュだよ…


月並みな表現ですけれど、やっぱり感動しました。そして同時に思いました。よくぞ残っていてくれたと。
インカの遺跡はスペイン人の侵略によって徹底的に破壊されました。黄金細工は溶かされ金の延べ棒にされ、遺跡は壊されカトリックの寺院に。そして言語はスペイン語に。そんな歴史を背負ながら、なんのかんので明るく生きてる中南米の人達はスゲエと思いますが。

マチュピチュはインカの遺跡ですが、都ではありません。数百人が住む、いわば避暑地のような性格だったらしいです。そしてそれが破壊を免れたのは、単に存在を気付かれなかったから。
山の奥深くにあったがゆえに破壊を免れた遺跡、その話を聞いたときに思い出したのが

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備中松山城でした

いや、ここも山の上の僻地(失礼)な場所にあったがゆえに明治政府が廃城令を出したときも全く気付かれず、結果とっても貴重な現存天守として残ったので。
ちなみに現存天守に全部行く、というのは人生の目標の1つです。コンプリートまであつ2つ(松江&宇和島。松江は入り口までは行きましたけど)

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遺跡ではところどころでアルパカが放し飼いになっていました。しかし自分たちが絶対的な安全圏にいるということが分かっているのでしょう。右の写真の黒アルパカなんて、ものすごく人間様をバカにしてます(他のツアーの人が撫でようと手を差し出したらブルルルルと唇鳴らして威嚇してきました。昨日の晩御飯のくせに

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遺跡の内部、王の部屋の脇にある水洗トイレ(隅っこの小さな穴の部分です)
こんなのがあるからベンキマンが古代インカ代表の超人設定に…

ちなみに当日の天気はたまに雨が降る曇り空。おかげで写真の写りとか微妙に暗いです。
もっとも、快晴だったらそれはそれで暑さで死にそうだったんですが。ほぼ三時間、起伏の在る中を歩きっぱなしな遺跡めぐりなのでそれはキツイです。アメリカや中国の観光地もけっこう歩かせますが、ここはそれ以上に歩かせてくれますので。

遺跡を見終えて、ブッフェのレストランでお昼をとって、また1時間以上列に並んでバスに乗って、街に降りたら夕食までは自由時間。荷物を部屋に置くや疲れているヒマなんて無いのですぐに飛び出しました。ゲーム屋さんを探しに。もっとも、自慢の(?)機動力を活かして1時間以上町のあちこちを歩きまわったのですが、収穫ゼロでしたが…ガイドさんに聞いても「ない」の一言だし(そもそも知らないとは思うけど)。

「友達から調査を頼まれたんですよ~」
「日本やアメリカと同じようなものが売っているのか、それとも未だファミコンが現役なのか」

と同じツアーの参加者に言ったら、それ確かに興味あるよねという反応でしたが。

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せっかくなので、町を散策中に撮った写真を数枚。うん、見上げる山の頂に神々しさを感じる面はたしかにあるんですが、やっぱり地名ゆえに感じた「熱海」というイメージは拭えませんcoldsweats01ごめん、別にアグアスにも熱海にも罪はないのに。
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その日の晩、ホテルの夕食。本日のメインは魚(マス)料理。うん、美味しいのは美味しいんだけど、昨日のアルパカほどのインパクトは無かったかなあというのが正直なところ。て言うか、この旅けっこう良いモノ食べてます。

明日は早朝から再びマチュピチュへ。レッツ山登り

2017年1月17日 (火)

ペルーに行ってきました⑤

ペルー旅行3日め、この日は朝6時にバスに乗り空港へ移動。飛行機の中で二時間ほどロクな情報もなく待たされ、それから1時間ほどのフライトでクスコに到着しました。

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左がリマ上空で右がクスコ上空。なんかリマ、ものすっごく茶色いです。逆にリマは赤がメインでけっこうキレイ。

「飛行機遅れてスミマセン。皆様のご理解とご協力ありがとうございました」
そんなアナウンスに「いや、誰も理解してねえよ」とツッコミを入れつつ飛行機から降りたのですが…

その瞬間、さっそく来ました高山病

気圧が調整されている機内から降りた瞬間に襲ってくる鈍痛のような頭痛。深呼吸をしたり、トイレに行って冷たい水で顔をザブザブと洗うと少しは楽になるのですが、それでもしばらくするとぶり返してきます。クスコの標高は3400メートル、同じ高地でも標高2200メートルのメキシコシティでは全然頭痛が来たりしなかったので、自分は高山病わりと平気な体質なんだと独り決めに決め込んでいたのですが、どうやらそんなことは無かったようです。
それでも何とか気を取り直し、観光スタート。
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クスコの中心地、アルマス広場。レストランやお土産物屋さんが並んで、物売りもいて、散歩する人達や観光客で賑わって、なかなかのどかな所です。

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広場の街灯にくっついていたジャガーのオブジェ。何とも言えずシュールっちゃシュール。このへん、なんか南米チック。
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クスコ市街地の中心部にある大聖堂(カテドラル)。カトリックの教会です。元はインカの神殿があったそうなのですが、スペインに破壊されました。ただ、足場の石組はインカ帝国時代のものをそのまま使っていて、しかも耐震性は上に作られた教会を遥かに上回っているとか。

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カミソリの刃すら通さない、と言うフレーズがついているインカの石組、その中でも最も特徴的で宗教的な意味合いを持つと言われているのがこの、12角形の石です。ガイドブックにも乗っています。

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道中で見かけた謎のうどん屋、慕情さん。ペルーでうどん、クスコでうどん、そして謎のネーミングセンス、店内に入ることは叶いませんでしたが妙に惹かれました。ちなみに
「クスコ 慕情さん」
で調べたら食レポ出てきました。美味しいそうです。
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市内観光が終わったらちょっと飛行機が遅れたせいでちょっと遅い昼食。ペルーなのに、なぜかパスタ。しかも味は微妙。
パン、スープ、それにケーキは文句なしの味だっただけに何故と考えたのですが、これはきっとクスコが高地にあるからなんだろうなと。水の沸点が低くて、たぶん85度くらいで沸騰するから麺がうまく茹できらないんだろうなと。

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クスコあたりを旅していると食事のときに高山病に効くということで必ず出てくる飲み物、それがコカ茶です。ええ、材料は「あの」コカです。もっとも葉っぱ数枚なので、人体に悪影響ということは無いのですが。ここのお店みたいに葉っぱを直接熱湯に入れてという場合もあれば、ティーバッグで出てくる場合もあります。
ただ、いずれにしてもいかんせん材料が材料ですので、アメリカにも日本にも持ち込みは禁止。お土産物屋さんではごく普通に売っていますが、買わないように。

次はクスコの中心をちょっと離れて観光。高度はもっと上がります…

2017年1月11日 (水)

ペルーに行ってきました④

そんなワケで長文になりそうだったので回を分けて、ナスカの地上絵観光本編です。

紀元前後あたりに描かれたと言われる古代人の遺産、ナスカの地上絵。古代人がどのようにして測量を行い描いたのか、何の目的で描いたのか、ミステリアスなデザインは何を意味するのか、人々の知的好奇心を刺激してやまない、歴史のミステリーの1つ、そう言って差し支えないと思います。

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レストランから10分ほどのところに、空港はありました。どうやら遊覧飛行専用の空港らしく、ものすごくガランとしています。中に入るとまずは体重測定。小型機なので重量バランスはやっぱり重要なようです。体重を測り、アメリカのスーパーで買った酔い止めを飲んでしばらく待機。

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空港に入ったらこんなのをくれました。ちなみに絵の呼び方には色々あるようです。とくに宇宙飛行士と書いてあるのなんて、やれ宇宙人だ、ふくろう人間だと割りと言いたい放題言われており、古代人が何を書きたかったのかが気になります。

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自分が乗ったセスナ機です。何度も言いますが、これが人生初のセスナ、これまで自分が乗ったどの飛行機よりも小さいです。
ちなみに自分は未だ飛行機とか、あんなバカでかい鉄の塊がそらを飛ぶなんてありえないと思っています。ベルヌーイの定理?そんなこと言われたって分からんものは分かりません。
それでもいざ乗るとなると、大きな機体の方が安心感があるのはなんでなんでしょうかねえ…gawk
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機内はこんな感じでした。パイロットの二人を含めて最大15人乗り。地上絵観光に使う飛行機としては大型な方らしいです(6~8人乗りが一般的だとか)

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セスナ離陸直後の写真です。もちろんクルマよりは速いんですが、眼下で景色の流れるスピード、やっぱりジェット機とは比べるべくもありません。あんまり揺れないし、あれ?案外わりと楽勝?と心の余裕を持ち始めていました。

もっとも雲の中に入ったりすると揺れるので、そうなると左手がイスの鉄パイプを必死に握りしめていましたが

そして30分ほど飛び続けると、いよいよナスカの地上絵群へとやってきました!
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最初に紹介してきたのはクジラでした。最初ガイドさんが言ってきたときに
「え?どこどこ?」
と探すくらい、わりと薄いです。上の写真も画像暗くして、コントラスト強めてとかなり見やすいように調整かけています。

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宇宙人?宇宙飛行士?ふくろう人間?とにかく何か謎の地上絵。描かれている場所が場所なだけに確認はわりとしやすいです。なんかこちらに向かって手を振ってくれてるようにも見えますが
「わ~い、こっちも手を振ってあげなくちゃ~うはははは~(棒読み)」
というのがこちらの状態でした。ええ、地上絵をいくつか見て、このへんになるとかなり怖くなってきています。

何が怖いかっていうとまず地上絵を見やすいようにとわりとガンガン高度を落としていたこと。セスナの機影がはっきりと地上で見えるくらいでしたから、たぶん数百メートルというところでしょう。そこに至るまでもわりとガクンガクンと高度を落とします。

そして左右どちらの列に座っている人にも平等に地上絵が観れるようにとセスナが旋回しまくりだったことです
「はいミギのヒト見れましたか~?じゃあ次はヒダリのヒトね~(グイーン)」
とか、そんなことを何度も繰り返されましたので。ええ、左手ずっとパイプ握りっぱなしです。汗だくです。

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そして有名なサルの地上絵。自分のデジカメ(コンデジ)の性能限界もあって、かなり見づらいと思います。それくらい薄くて消えかかっています。撮った写真をあとから整理したときも、どれに写っているのか探すのに一苦労。きちんと撮れているか不安になったりもしました。
ちなみにウィキペディアに載っている写真を見るとやっぱりこの絵は暗いです。絵的にはインパクトあるのですが。

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キン肉マンの番外編ベンキマン外伝でこんなこと言っている人達もいましたが、気にしないように(誰も気にしない?)。なお、ゆでたまご御大がサルの地上絵がこれだけ薄く、消えかかっていることを知った上でネタにしたのかどうかは、かなり謎です(最近の御大、ネタしっかり取るところは取られているので…)
しかし初登場から30年以上になりますが、すげえセンスですよね、ベンキマン。元は読者投稿のキャラですが。なぜか古代インカ帝国出身っていう設定だし。

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でも、そんなおっかなびっくりだった自分も、ハチドリを見たときだけは完全に、感動が恐怖よりも上に来ていました。ひときわ高台に描かれ、巨大で、ハッキリとした輪郭を持つハチドリの地上絵。これだけは本当に息を呑みます。明るさ未加工でこれだけハッキリ見えていますし。古代人の意図が気になる逸品です。

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現在は世界遺産として登録されているナスカの地上絵ですが、その前はわりとぞんざいな扱いでした。こちらの真ん中にはトカゲの地上絵が映っているのですが、尻尾のあたりが高速道路で思いっきり分断されています。

まさにトカゲの尻尾切り

しかし同ネタ多数かと思って同じツアーのヒトの何人かにネタを振ってみたのですが、皆さんそんな発想は無かったようです…coldsweats01

結果的に言うと、飛行機酔いはしませんでした。たぶん恐怖と緊張感で、酔うだけの余裕が無かったんだと思います。「君の名は。」の挿入歌、前前前世じゃないですが

心(恐怖)が身体(乗り物酔い)を追い越していたんだよ

という感じだったんでしょう。まあ、一度行ったのは良かったことだと思いますし、ハチドリはたしかに感動的だったんですが、手間とかセスナとかを考えると人生二度は行かなくていいかなあとも…

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帰り道で寄ったお土産物屋さんで今後の旅のことを考えて10ドルで帽子を購入。この判断は大正解

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夕食はなぜか日本料理。味は…うん、まあ海外の日本料理ってこういう味だよねという微妙なレベルでした。素直に地の物の方が良かったという気はします。

明日は朝からクスコに移動。標高3400メートル、どうなる高山病

2014年1月11日 (土)

(2か月前ですが)福井に行ってきました⑤

関西駐在の思い出作り(?)だった福井旅行、その最後を締めくくったのは仏教曹洞宗の総本山、永平寺でした。

永平寺へはえちぜん鉄道の永平寺口からバスで20分ちょっとでした。しかしバスはどんどん人気のない山中へと走っていくし、人気はないしで一瞬バス乗り間違えたかと不安になりましたcoldsweats01

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それでも着いた門前町。京都みたいに華やかではないですが、大型の観光バスも何台も乗りいれていましたし、それなりには賑わっていました(写真は人通りが少ないときに撮っています)

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お昼は二日連続でおそば&お寺の名物だというごま豆腐。とりあえず参拝前なので、肉系はやめとこうかなと。朝食思い切り魚食ってますけどね。
まあ、気は心ということで…

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入り口付近で写真三枚。メインの入り口、拝観券売り場、そして法堂(?)です。最初に法堂でお寺の歴史についての簡単な説明と、注意事項を聞きます。
とりあえず写真撮影はいいけどフラッシュはNG、そして修行中のお坊さんの写真を撮るのも御法度とのことでした。

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傘松閣という大広間です。天井には230枚もの絵が貼られていて、思わず感嘆。参拝者が最初に目にするのがここになります(たぶん)

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仏像とか境内の写真とか…永平寺は7つの伽藍とその他の建物で構成されていて、とにかく広いです。庭園も含めた広さとかいうのではなくて、建物自体が大きいという感じ。
口ではうまく説明できないので詳細はサイトをご覧ください

なんて言うか、お寺全体の造りとかたたずまいとか、そういう物全体に対して、すごく強い印象を与えてくれる場所でした。

ただ、修業は厳しいらしいです。冬はめっちゃ寒そうだし、風呂やトイレ、個人空間での私語が厳禁だって言うし…厨房の説明をしていた修行僧の人は来たとき110kgあったのが数カ月で30kgくらい痩せたそうです。

余談ですが厨房は韋駄天様を祀っていました。料理は出来たてをすぐに届けるように、また火事が起きたらすぐに消火できるようにというのがその理由だとか。

そして永平寺から福井駅には直通バスがあるのでそれに乗り、福井から大阪に戻りました。

関東に住んでいただけだったらおそらく決して行くことのなかった福井県。実際に行ってみると食事美味しいし見所もあるしで予想以上に楽しい場所でした。東京からの陸路でもうまく電車とか乗り継げば3時間半くらいで行けるようですし、機会があったらぜひまた行ってみたいなと思っています。

2014年1月 6日 (月)

(2ヶ月前ですが)福井に行ってきました④

可夢偉の去就は今週決定か…ケータハムに決まってくれるといいのですが(挨拶)

そんなワケで(?)福井訪問記4回目は旅館の朝からはじめてみようと思います。

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海岸沿いの旅館らしく朝食も魚介類中心。干物のよこにある小さな魚の切れ端みたいなのは名産品の「鯖へしこ」、塩を振ってぬか漬けにした郷土料理です。ちょっと炙るとこれがもうね…朝からすごくお酒がほしくなる味というか(飲みませんけどね)

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朝らしく温泉卵とサラダ。サラダはちょっと、他のメニューに比べて浮いていたかな~と。味は悪くないんですけどね。パンがほしい…

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あとは煮物に香の物、それにボリュームたっぷりのお味噌汁(&ご飯)

全体的に食事、サービス、風呂に部屋の清潔感と文句なしで、これまで泊まってきた旅館の中でもトップクラスでした(あえて言うなら宿の回りに何もないことですが、それは宿の責任じゃないですし)。機会があったら、また泊まってみたいなと思える宿でした。

そして旅館の出してくれた車で近場の駅まで運んでもらいました。

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えちぜん鉄道の三国港駅。海岸沿いの駅で趣のある駅舎です。

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電車は一両編成。30分に1本くらいはあるので、あまり待たずに済むのはありがたかったです。撮り鉄というワケでもないのですが、とりあえず一枚。三国港駅から一駅、電車に乗って隣の三国駅へ。

この三国という街も、これまで全く名前を知らない街でした。ただ旅館においてあったガイドブックを見て、なんか雰囲気が良さそうな街だなあと思って足を伸ばした感じです。
そして実際、とても良い雰囲気の街でした。

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古いお屋敷を見てみたり(ちなみにここで「船箪笥」というのは「船が沈んでも沈まず、浸水もしない箪笥」のことだと知りました。あと昔の箪笥は火事泥防止にパズル的なロックがかけられるということも)

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森田銀行本店という、かつて銀行だった洋館を訪問してみたり

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そういった所から少し離れた、高台の上にある郷土資料館(龍翔館)を訪れてみたりと。

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ちなみに中には大きな山車や船の模型なんかもありました(これらは写真撮影可能)
あとは港町としての三国の文化、当時の屋敷を再現した原寸大模型なんかも展示してあり、けっこう見ごたえあります。

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また高台にあるので、三国の街も一望可能。

時間の兼ね合いもあり、少し駆け足な感じでしたが静かな、良い街でした(暮らすには自転車必須だとも思いましたが)

次回は最後の目的地、永平寺です

2014年1月 3日 (金)

(2か月前ですが)福井に行ってきました②

※この記事の旅行に行ったのは、去年の11月2日・3日です。

福井の市内観光を終えた自分はバスに乗り丸岡城に向かいました。福井駅から田園地帯を抜けてバスで40分程度、甕割り柴田として有名な信長軍屈指の猛将、柴田勝家の甥、勝豊が築城した、全国12の現存天守の一つです。

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丸岡城の外観。けっこう小さいお城です。て言うか現存天守、基本的に小さいのが多いです。姫路とか松本、彦根は例外で。
ちなみに現存天守はどこにあるかと言うと…(赤は訪問済み)

弘前(青森)松本(長野)犬山(愛知)彦根(滋賀)
姫路(兵庫)・伊予松山(岡山)・丸岡(福井)・松江(島根)
丸山(香川)高知(高知)松山(愛媛)・宇和島(愛媛)

これもまた、47都道府県同様、いずれは全部訪問してみたいなと思ってます。

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お城についたらまずは昼食。ご当地名物、ソースかつ丼と大根おろしをからめたおろし蕎麦の盛り合わせ。普通に美味しかったです。

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丸岡城城内の階段。天守閣の階段は敵に攻められにくいように急勾配になっているのは普通ですが、ここのは急傾斜すぎました…ロープが備え付けられてるのなんて初めてみた。

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天守閣最上階からの景色。市街地からかなり離れた場所にあるお城なので、見渡す限りそんなに高いビルとかはありませんでした。基本的に民家ばかりで地平線すら見渡せる感じです。普通天守閣の周りって、もう少し賑やかなんだけどなあと思ってみたり。

あとはちょっとした資料館があったり、本多重次(後の丸岡藩藩主、本多成重の父)が戦場から妻に宛てた日本一短い手紙

一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ

を元に募集した短い手紙コンクール的な物が貼られていたりしました(中には内容的に重いものもちらほら…)

そしてそんなのを一通りみて、丸岡城の入り口でもらった地図を見て次の目的地、東尋坊に行くべくバス停へと向かったのですが…

思い切り道間違えました

地図の印刷が潰れていたこととか天性の迷子属性の持ち主だとかいうこともあり、地図を90度ほど角度間違えて見ていて…辛うじて間違いに気付き、全力でダッシュしたおかげでなんとか目的のバスには乗れましたが。(1本逃すと1時間待ちなので結構キツい)

そして再びバスに揺られること1時間半弱、到着したのが自殺の名所東尋坊でした。

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バス停を降りてすぐのお土産物街。ホントに観光地なのかと疑いたくなった丸岡城周辺と違い賑やかです。お腹もすいてきていたのですが、夕食前だしぐっとガマン。

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東尋坊の外観。たしかにあちこち切り立ってます。断崖絶壁です。下の海もけっこう深そうですし柵らしきものもありません。うん、たしかに(以下略)。ちなみに東尋坊というのは

ここから突き落とされた坊さんの名前です。

なんでそんなのが定着しちゃったんでしょうか…

また、上の写真に小さく写っている船は遊覧船です。1回30分くらいで1200円。こう書くとちょっと高そうに聞こえますが、確実に元は取れると言い切れるものでした。

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この四枚の写真はその船から撮ったものなのですが、なんて言うかどこでシャッターを切っても絵になります。そういう意味ではロケーションとしては真逆ですが白川郷に通じるものがあるかもしれません。ただ、けっこう揺れるので船酔いしやすい人はちょっとキツイかもしれません。

また、遊覧船の船頭さんのナレーションが笑えました。

「このへん、釣りバカ日誌とかの撮影も来たことがありまーす」
「サスペンスだけじゃないですよー」
「東尋坊殺人事件とかばかりじゃないですよー」

とかそんな感じの。やっぱり地元の人もネタにしてるのか…

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そして〆に訪問した東尋坊タワー。ただ、ここからの眺めは今一つでした。ちょっと沿岸から遠いと言うか、船からの眺めが良すぎたというかそんな感じで。

そして、ここから旅館に電話を入れると迎えに来てくれました。

次は旅館編です。

(2か月前ですが)福井に行ってきました

福井県、この名前を聞いて皆さん(とくに関東以東在住の人)は何を思い浮かべるでしょう?
実際自分は、かなり最近までわりとガチで、何も思い浮かべることができませんでした。47都道府県、とりあえず全部制覇を目指していますがたぶん最後に残るのは福井になるんだろうなあと。ちなみに今日現在ですが

まだ全く行ったことがない:秋田・佐賀・宮崎
仕事とかで観光皆無:岡山・和歌山・広島・徳島(渦潮は見ました)
高速走ってパーキングで食事だけ:鳥取(行ったと言わない?)

みたいになっています。大阪に赴任している間に西日本、もっと行きたかったんですけどね。まさか四カ月で帰任になるとは…
広島はなんというか、いつも行こうと思うんだけどいつも立ち消えになるというポジションが自分の中で確立されちゃってます。県がキャッチコピーで「おしい!広島県」とか言ってるのが少しわかる気がします。関東からじゃ遠いし、関西にいるときにはせっかくだから関東からじゃ行きづらいところに、という風になっちゃうしで

そしてなんでその福井に行ってみたかと言うと、よくよく調べてみると案外見るところがありそうだというのが一つ、そして帰任が決まり、関東からじゃ絶対行かないだろうからというのがもう一つの理由でした。関東からだと飛行機ですが、新大阪からならローカル特急で二時間の旅です。

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そんなワケで到着しました福井駅。
ここでの目的は軽い市内観光の後、丸岡城への移動。バスの時間を確認したら行動開始です。

まずはお約束的に福井市立の郷土歴史博物館へ(写真はありませんが)。
「そういや松平春嶽って福井の人だったんだー」とか
「いたなあ朝倉義景。盟友の浅井長政より格段に影薄いよなー」とか
「なんだこの兎という名のクリーチャー(企画展の兜を見て)」とか
そんなことを思いながら一通り見てまわりました。

それからバスまでまだ少し時間があったので、隣にある養浩館庭園という、福井松平家の別邸へ。

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正直、ここは予想外というか全く期待していないというか、そもそも現地で存在を知ったのですが、かなり「当たり」でした。秋晴れの天気の良さもあって、穏やかな日差しの中で邸内にはさらさらと清水が流れ、まだ紅葉には早かったのですが、それでも緑に包まれて、なんとも心休まる空間というかそんな感じで。2~30分で回りきれるコンパクトさも含めて、これまで見てきた別邸とか庭園の中でもトップクラスだったなと。

そんな感じで気持ちのいい満足感を感じながらバス停へ。次の目的地は日本全国に12個だけ残る現存天守の一つ、丸岡城です。

余談:
福井は徳川家康の次男で戦国武将としてもその報われなさっぷりからもファンが多い結城秀康が統治したこともある土地です。市役所前には秀康の石像もあったのですが…

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もう少し明るい表情でもよかったんじゃないかと