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カテゴリー「旅行・地域」の記事

2017年5月26日 (金)

今年も更新いたします

なんかすごく久しぶりに書き込みますね、このブログにもcoldsweats01


タイトルですが、何を意味するかと言うと

自分が旅した北限&南限です

去年、北はアラスカはアンカレッジに行き、南はペルーまで行きましたが、どうやら今年もそれを両方、若干更新することになりそうです。

北は9月1~4、再びアラスカに行くことにしました。なんか直前までニューヨークに行こう、まず911モニュメントにお参りをして、ニンテンドーショップに行って、自由の女神の内部を見学して、ピーター・ルーガーでステーキ食べてヤンキースの試合観て…とか考えていたのですが、ふと、思いつきでエクスペディアを検索して気がつきました

デナリ国立公園近くのホテルに、まだ空きがあることに

去年は出発の3週間前くらいに検索して当然のごとく満室だったアラスカで最も有名な国立公園、それが3ヶ月前ならまだ少しだけ空きがあります。しかも調べたら9月頭のデナリは紅葉が一番キレイだとか、運が良ければオーロラも観れるとか、チェナってところに日帰り温泉があるよとか、なんか色々と惹き付けられたので。うん、ニューヨークとかいつでも行ける(?)もんねと、とりあえず先ほど宿だけは押さえときました。予定として最初にアラスカ第二の都市フェアバンクス(前回のアンカレッジから飛行機で1時間くらい北)に行って、そこで一日観光して翌日二時間半くらいレンタカー飛ばして国立公園ってルートかなと。

しかし正直、そこまで旅をするんだったらいっそこのへんまで行ってみたい という気持ちも芽生えてきてはいるんですが。そこまでいかなくても、水曜どうでしょうで出てきたこのあたりまでとか

前者はともかく後者はアンカレッジやフェアバンクスからツアーが出ているみたいです。行きはバス、帰りはセスナ、みたいなツアーが。

…どなたか一緒に地球で最も北にあるサービスエリアとか目指してみませんか?コールドフットとか、地名からして寒々しいですが。シアトルあたりで合流して一緒にアラスカ目指すとかそんな形で(わりと本気)


追記:南限の方は今年、なんかブラジル出張することになりそうです

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

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旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

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カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

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内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありませんcoldsweats01

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

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古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

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そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

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博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

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この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

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最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

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ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

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オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

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空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

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帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

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リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

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ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

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アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます

2017年2月 6日 (月)

ペルーに行ってきました⑪

ペルーの旅行記も残すところあと2回、今回は5日目の後半です。

昼食を終えて、少しだけアグアスの土産物屋を冷やかして、行きと同じ電車に搭乗。

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お昼もまだ消化しきれていない状態で出た軽食(ベジのピザパンみたいなのと謎の黄色い物体。とりあえず食べてみましたが味は完全にミニトマトでした)を食べて、あとは1時間くらいのんびり景色でも観て過ごそうかなと思っていたのですが

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なんか来ました

解説も電車のアナウンスでしていたのですが覚えていないので省略(酷)。とにかくインカの神話に出てくる、トリックスターみたいな存在らしいです。いろいろとコミカルな踊りを披露したり、乗客と一緒に踊ったりとわりとフリーダム。今回のツアー最年少だった6歳の女の子とも踊ろうとしていましたが、拒否られてました(泣かなかっただけ偉いと思いますが。自分が6歳のとき、こんなの(失礼)に目の前に来られたら絶対ガチ泣きしてました)

そして写真は撮っていませんが、続いて電車の搭乗員の人達による、アルパカの毛糸を使ったセーターだのショールだののファッションショーが始まったりもしました。もちろんショーの後は即売会開始。しかもカートに乗っけて通り一遍というのではなくて、値段交渉も含めて買う気を見せた乗客とはかなりガチな交渉。しかし乗客全員としっかり交渉をするためだったんでしょうか。

帰りの電車、やけにゆっくりだった気がします

定刻?何それ美味しい?そんな彼らの声が聞こえてきたように思えたのは、きっと気のせいではないでしょう。

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電車を降りてバスに乗り換え、そのときのペルーの車窓から。オリャンタイタンボという遺跡。古代の砦とも旅籠とも言われている場所らしいです。相変わらず名前を覚えられる気が全くしない地名ですが、なんとも趣があったので、できればバスの車窓からだけじゃなくてきちんと降りて観光したかったなとは思います。まあ、それはそれで大変に歩かさせられそうなんですが。

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最終日の宿はクスコでした。聖なる谷じゃないのは翌日の飛行機がわりと早いから。でもさすがにこの頃になると、高山病は完全に克服しています。必死こいてマチュピチュの山頂まで山登りした甲斐があったというもの。ちなみに広場のあたりは夜になっても治安の悪さというのは感じませんでした。行く所に行けばやっぱり治安は良くない場所もあるんでしょうけれど、少なくとも街の中心部は。

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夜は三日目のお昼を食べたのと同じレストラン。今回はブッフェ。お肉はアルパカです。日本でもアメリカでもまず食べられないお肉なので、旅の記念に食べておこうかなと。
ちなみにクイ(テンジクネズミ、早い話がモルモット)の肉もあるかもしれないという事前情報があったのですが、幸か不幸かそれはありませんでした。まあ、あっても食べなかったとは思いますが…

次回はラスト、リマの市内観光です

2017年2月 2日 (木)

ペルーに行ってきました⑩

前回の続き:帰り道はある意味往路よりもタイムアタック気味に飛ばした自分。なんとか予定時間よりも早めにマチュピチュ山から駆け下りてきたそんな自分の目に一つの立て看板がとまりました。

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向こうに行くと太陽の門へと通じると書いてある立て看板、太陽の門、うん、なんかネーミングからしてそそられる物があります。しかもどう考えても昨日の観光では行っていません。すっごく行ってみたいです。
ただ、タイムリミットまではあと40分くらい。迷っているところに全く別のツアーの日本人ガイドが通りかかったので、これ幸いと話しかけてみました。

「すみません、太陽の門ってどれくらいかかりますか?」
「そうですね~、けっこう遠いから1時間くらいは」
「11時に集合なんですけど」
「あ~絶対ムリですねえ」

残念ながら諦めました。ただ、同じツアーの参加者で自分をはるかに上回るハイペースで行っていたひとは、気合でそこまで回ってきたみたいですけど。Tシャツ短パンの人と言い、やっぱり上はいくらでもいます。

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そして去り際に写したマチュピチュの写真。下山してもなお、昨日よりも分厚い霧が立ち込めています。ちなみに遺跡までの道のりも登りは登り、下りは下りと明確に区分けされていて、来た道を逆走しようとすると止められました。
余談ですが昨日、テレビでグレートサミッツという番組をやっていました。そこで出てきたマチュピチュは雲ひとつない良いお天気で、ああ天気が良ければこういう景色が見れたんだなあと(暑さで死にそうではありますが)。

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遺跡の入り口にあったスタンプです。自分は途中で買ったガイドブックに押しましたが、ツアーで来ていた韓国人数人は嬉々として自分らのパスポートにペタペタとスタンプ押していました。いいのかなあ…とりあえず日本じゃ関係のないスタンプをパスポートに押したりはしないと思うんですが。

さらに余談ですが、遺跡の入り口とアグアスカリエンテスの街を往復するバスは窓側じゃなくて通路側がオススメです。窓側に座ると、断崖絶壁プラスガードレールが曲がり角以外に全然ないのが嫌でも目について怖いので…いや、通路側に座ったからって何の問題も解決していないのはよく分かっているんですが。

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下山したらとりあえずホテルに戻って、チェックアウトはしちゃってるからロビーで一休みして、それからわりとすぐにお昼になりました。
うん、お店がキレイなのはいいけれど、ちょっとキレイすぎるよねというのはツアー参加者のわりと共通した感想。1回くらいはコッテコテの大衆食堂にも行ってみたかったという気持ちは残ります。

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そのレストランでのお昼ごはん。メインは牛肉と玉ねぎ、トマトの炒めもの、それにライスピラフとフライドポテト添え。ロモ・サルタードというペルーの大衆料理です。味付けは中国系移民の影響もあるらしく、日本人の口にも合う東洋風。ウィキペディアの日本語版にも独立した項目があります。

ただ、画像検索するともっとざっくばらんな感じの写真ばかりが出てきますが。

次回は帰りの電車とか。たぶんあと2回くらいで終わります

2017年1月28日 (土)

ペルーに行ってきました⑨

あと1回書けばブログで書いてる続き物として初めての二桁に到達するこのシリーズ、9回めは5日目の自由行動について書こうと思います。

5日目は午前中自由行動、最初の予定からそうなていました。もっともその時点でアグアスカリエンテスがどんな場所なのか全く予備知識なかったですし、ホテルで朝寝坊してボーッとしているようなことも避けたい。旅行案内を見ると前日行ったマチュピチュに再入場して、マチュピチュ山に登ることが別料金払えばできるらしい、なんだかよく分からないけどそれじゃあとりあえずそれを申し込んでおこう、そんな感じでした。

前日のうちにバス、そして遺跡のチケットを受け取り、朝の5時に少しのパンとハムだけお腹に入れて、すでに長蛇の列を作っていたバス待ちの列に前述のペルーサッカー情報を教えてくれた人と並び、30分くらいで自分もバスに乗ることに。と、そこでチケットを見た係のオバチャン曰く

このチケットダメだねえ

…は?(# ゚Д゚)

いやマジで意味わかんないんですけど。だってこれ正規の(たぶん)チケットですよ?え?名前が違う?いやいやいや、チケットに書いてある名前、1文字違わずパスポートに書かれているとおりなんですけど

そうは言ってもねえ、QRコード読むと出てくる名前が違うんだよお。一緒についてってあげるからチケット買い直して?

こちらの抗議も実らず、そんなワケでチケット買い直し。元の券には「これを旅行会社の人に見せて」と裏に何かスペイン語で書き込んでくれました。30分くらいはタイムロスになりましたが、列の頭に戻してくれたし、今になってみればやるべきことはきちんとやってくれたんだなあのオバチャン、とは思います。そして予定の自国を少し遅れて、再び遺跡の入り口に戻ってきました(列に一緒に並んでいた人には先に行っててもらいました)

マチュピチュの遺跡は2つの山に挟まれています。1つは新しい山を意味するワイナピチュ山で、もう1つは古い山を意味するマチュピチュ山。遺跡を見下ろすようなアングルの写真は、これらの山のいずれかから撮られています。
ワイナピチュは入場者数に制限がありすでにチケットが売り切れだったため、自分が入ったのはマチュピチュ山の方でした。

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マチュピチュ山の登山口入り口。ここで自分の名前と入残時間を記入します。やっぱりここで人数チェックしておかないと、戻ってこない人がいたりしたら困るからなんでしょうねえ…

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道中はずっと、こんな感じの石段が続きます。土の道じゃないという意味では整備されていますが、整備された石段と言うには高さもバラバラですし道も舗装はされていません。スタート地点の標高は2400mくらい、目指す山頂3000mまで、だんだんと傾斜を急にしながらこんな道が延々と続きます(上の写真で言うと、左が入り口近くで右が頂上近くです)

正直、登るのはけっこう疲れました。もっている食料は600mlペットボトルの水が1本と、風邪のときようにと用意した梅のど飴くらい。途中から水を飲む量も少なくして、飴も一種類じゃ飽きるからせめてハイチュウ(ロサンゼルスだと普通に買えます)くらい持っておいてくればよかったなと思いつつ歩き続けました。

ちなみにこの日の天気は曇りときどき雨。上空は分厚い雲に覆われていて、頂上に登ったところで絶景が拝める保証は全くありません。それでも登ったのは、たぶん単に貧乏症だったから。ついでに言うと、自分はまだまだ若いんだと言い聞かせるため。

そして登り続けること1時間半

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ようやく頂上に到達しました

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いや、ホント、自分に一番達成感を与えてくれたのは山頂の看板でした。下を見下ろすとバスの乗り口あたりの下界は雲の切れ目から少しは見れました(ちょっと足がすくみます)
右の写真は「たぶんこのあたりの先に遺跡があるんだろうなあ」というポジションです。頂上に到達すると風よけになるものが全く無いので、結構寒いです。ただ、ここで冷たい日本茶と鮭のオニギリとかがあったら、たぶん最高だったと思います。

ちなみにこの山頂まで、Tシャツに短パン、それにカカトはついてるゴムスリッパという異常なまでの軽装で、とんでもないハイペースで来ている日本人もいました。思わずこっちが「プロですか?」と聞いたくらいの(違うと言ってましたが)。

もっとも、天気が良ければ良かったで脱水症状でぶっ倒れていたと思いますし、それに雨が降っていたからこそ見れた、良いものもありました。

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雨露に濡れた高山植物。とくに左の花は個人的に、今回の旅のベストショットだと思っています。

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蜘蛛の巣さえもこんなにキレイ

7時20分くらいに入り口に入り、下山して戻ってきたのが10時前でした。ネットでは登るのに2時間くらいと書かれていたので、悪くないペースだったと思います。そしてこのとき、1つの考えが浮かんでいました。空気の薄い標高2400mから3000mまでの、不揃いな石段の道を登り切った自分です。

スカイツリーの階段、余裕じゃね?


Wi-Fiのつながるホテルに戻ったあと、早速調べてみました。残念ながらスカイツリーの階段は非常用のみで一般客の立ち入りは基本的にできないそうです。

じゃあ東京タワーはどうだろう?

そう思って調べてみたところ、150mの高さにある展望台までは階段で登れるとのことでした(料金はエレベータ使うのと同じですが)
挑戦してみたいような、同じ金額だったらエレベータでいいやと思いたくなるような…

2017年1月26日 (木)

ペルーに行ってきました⑧

ペルー旅行記、前回に続いて四日目、ついにこの旅最大の目的地、マチュピチュに向かいます。

前回やれ観光地化されすぎだと書きましたが、おかげでアグアスカリエンテスの市街地から遺跡の入り口まではとっても便利。長蛇の列に数十分並べば、ピストン輸送を行っている観光バスに乗って一気に入り口まで連れて行ってくれます。しかも十数台はありそうなバスは全部メルセデス・ベンツ社製で統一。イスが破れてワタが出ているようなオンボロバスなんざ1台たりともございません。

そして入り口から15分くらい石段のような道を歩き続けると、そこにはテレビや写真でしか観たことのない世界がありました。

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ああ、マチュピチュだ…マチュピチュだよ…


月並みな表現ですけれど、やっぱり感動しました。そして同時に思いました。よくぞ残っていてくれたと。
インカの遺跡はスペイン人の侵略によって徹底的に破壊されました。黄金細工は溶かされ金の延べ棒にされ、遺跡は壊されカトリックの寺院に。そして言語はスペイン語に。そんな歴史を背負ながら、なんのかんので明るく生きてる中南米の人達はスゲエと思いますが。

マチュピチュはインカの遺跡ですが、都ではありません。数百人が住む、いわば避暑地のような性格だったらしいです。そしてそれが破壊を免れたのは、単に存在を気付かれなかったから。
山の奥深くにあったがゆえに破壊を免れた遺跡、その話を聞いたときに思い出したのが

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備中松山城でした

いや、ここも山の上の僻地(失礼)な場所にあったがゆえに明治政府が廃城令を出したときも全く気付かれず、結果とっても貴重な現存天守として残ったので。
ちなみに現存天守に全部行く、というのは人生の目標の1つです。コンプリートまであつ2つ(松江&宇和島。松江は入り口までは行きましたけど)

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遺跡ではところどころでアルパカが放し飼いになっていました。しかし自分たちが絶対的な安全圏にいるということが分かっているのでしょう。右の写真の黒アルパカなんて、ものすごく人間様をバカにしてます(他のツアーの人が撫でようと手を差し出したらブルルルルと唇鳴らして威嚇してきました。昨日の晩御飯のくせに

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遺跡の内部、王の部屋の脇にある水洗トイレ(隅っこの小さな穴の部分です)
こんなのがあるからベンキマンが古代インカ代表の超人設定に…

ちなみに当日の天気はたまに雨が降る曇り空。おかげで写真の写りとか微妙に暗いです。
もっとも、快晴だったらそれはそれで暑さで死にそうだったんですが。ほぼ三時間、起伏の在る中を歩きっぱなしな遺跡めぐりなのでそれはキツイです。アメリカや中国の観光地もけっこう歩かせますが、ここはそれ以上に歩かせてくれますので。

遺跡を見終えて、ブッフェのレストランでお昼をとって、また1時間以上列に並んでバスに乗って、街に降りたら夕食までは自由時間。荷物を部屋に置くや疲れているヒマなんて無いのですぐに飛び出しました。ゲーム屋さんを探しに。もっとも、自慢の(?)機動力を活かして1時間以上町のあちこちを歩きまわったのですが、収穫ゼロでしたが…ガイドさんに聞いても「ない」の一言だし(そもそも知らないとは思うけど)。

「友達から調査を頼まれたんですよ~」
「日本やアメリカと同じようなものが売っているのか、それとも未だファミコンが現役なのか」

と同じツアーの参加者に言ったら、それ確かに興味あるよねという反応でしたが。

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せっかくなので、町を散策中に撮った写真を数枚。うん、見上げる山の頂に神々しさを感じる面はたしかにあるんですが、やっぱり地名ゆえに感じた「熱海」というイメージは拭えませんcoldsweats01ごめん、別にアグアスにも熱海にも罪はないのに。
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その日の晩、ホテルの夕食。本日のメインは魚(マス)料理。うん、美味しいのは美味しいんだけど、昨日のアルパカほどのインパクトは無かったかなあというのが正直なところ。て言うか、この旅けっこう良いモノ食べてます。

明日は早朝から再びマチュピチュへ。レッツ山登り

2017年1月23日 (月)

ペルーに行ってきました⑦

ペルー旅行4日め、初日にはまだまだ長いと思っていた旅ももう半分が過ぎました。
この日は朝、まずバスに乗って30分ほどでオリャンタイタンボという、これまたガイドブックで確認しながら書かないと絶対に書き間違えそうな名前の駅に向かいました。

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駅前の露店街。さらにこの直前には小さなホテルや喫茶店なんかも大量にありました。英語でFree Wi-fiという看板があったりして、とっても発展していて楽なのは良いのですがこれから秘境の地に向かうという風情とはかなり無縁です。

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マチュピチュまでは1時間半ほど。電車の名前はビスタドーム号。車両の名前にドームという単語がつくことからも分かるように、天井にまで窓があります。ちなみにもっと高級な車両もあります(見かけただけで乗ってはいませんが)

また写真はありませんが駅は実質この観光電車専用らしく、かなり小さいです。いわゆる外国の駅の雑踏のようなものを期待すると、ちょっと裏切られます(そもそもこっちの人が通勤手段として電車を使っているのかは分かってません)
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電車の中では軽食も出ました。写真の軽食はあんこの入ったパイのような食べ物。甘さも控え目だしコーヒーにもよく合ったしで日本人受けする味だったんじゃないかなと思います。
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電車はひたすら、山あいの土地を走っていきます。渓流の水は豊富。天気はやや曇天。ホントはもう少し晴れていてほしかったというのが正直なところではありました。

そしてしばらくして、電車は目的地のアグアス・カリエンテス駅に到着しました。世界遺産、失われたインカ帝国の唯一完全と言っていい形で残る遺構、マチュピチュ遺跡、世界中の人々を惹き付けてやまない秘境の地、果たしてどんな場所なのかと期待に胸を踊らせながら到着すると、そこに待っていたのは…
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ものすっごく観光地でした

うん、そりゃそうだよね…世界中の人が行きたがる場所だもんね…冒険家でも何でもない自分でもお金払えば行ける場所だもんね…なんて言うか学生時代、巨大な広告看板が立ち並んでいた少林寺に行ったときにある意味匹敵するところが。
ところで駅の名前にもなっているアグアス・カリエンテスですがアグアスは水、カリエンテスは熱を意味します。つまり温泉のある場所の意味。ちなみにメキシコにも同名の都市があります。そっちは日産自動車が数十年前から進出していて、レストランのメニューにも英語はなくても日本語はあるという半ば企業城下町化している所です(治安もかなり良い方だとか)

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そんなワケで、ここのこういう景色を見るとなんて言うか「熱海」って言葉を連想するんですよね…地球の反対側まで来ておきながら。

次回はようやく遺跡に入ります

2017年1月18日 (水)

ペルーに行ってきました⑥

ペルー旅行記、前回に続いてのクスコ編。なのです…が、ごめんなさい、正直このパートはわりと印象薄いです(高山病で頭痛がわりと酷かったというのもあって)

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観光で訪れた遺跡の写真二枚。左は砦があったというサクサイワマン、右は聖なる泉の地と言われていて年中常に同量の水が湧きだしていたというタンボ・マチャイ。ええ、どちらにも言えることですが

とても名前を覚えられる気がしません

これは体調うんぬん関係なくです。

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でも、観光中最も高い標高(3800m以上というので富士山越えてます)から見下ろしたクスコの市街地の景色はキレイでした。
写真の真ん中に見える小さい丸っこいのはサッカースタジアム。

標高3200mでやるなと言いたくなりますが


メジャーリーグ、ロッキーズの本拠地、マイルハイシティーと言われ気圧が低いからボールが飛びやすくて打者に超有利と言われるデンバーでさえ標高1600mですよ?
そんな気候なのでやっぱりボールの軌道が普通と違うらしく、ペルーのナショナルチームはホームの勝率が8割超えるらしいです
無論、高山病でぶっ倒れる危険もあるので、他国からはそんなところで試合するな、リマでやれという抗議もあるようなのですが、勝てばFIFAから賞金がもらえるので決して変えようとしないとか(以上、サッカー好きな旅行参加者からの話です)

余談ですが今回の旅、日程が合えばボリビアのウユニ塩湖という場所にも行くチャンスがありました。全部塩で出来たホテルに泊まるとか、どこまでもまっ平らなその土地に雨が降ると地上と空の境目がわからなくなる、鏡面のような世界が見られるとか、それはそれで心躍らすものがあったのですが、今こうしてみるとそこには行かなくてよかったと思ってます。

だって標高3660mって言うし

プラン立ててるときはウユニの標高、完全に見落としていました。行ったらたぶん、ダウンしてます。

ともあれ夕方6時過ぎに観光が終わり、ホテルのある聖なる谷と呼ばれる場所にバスで移動。ここは標高が低く、高山病に順応するためということもありホテルが多いそうです。

それでも標高2800メートルありますが

…正直、焼け石に水という気がしないでもないです。実際、ホテルについたところで頭痛はそんなに変化ありませんでしたし。

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でもホテルはびっくりするくらいキレイで立派でした。観光都市クスコのお膝元ということで、こうしたリゾートホテルがかなり沢山建てられているらしいです。

そして夕食

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パンは温めた石と同じ布の袋に入れて出してきました。スープは何か白い粒(名前失念)が入っていて独特な味わい。て言うかペルーのパン、異常にレベル高かったです。

そしてメインのお肉、これが何かと言いますと…

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アルパカです


正直メニューにあると聞いたときには驚きました。え?食うの?て言うか食えるの?といった感じで。ちなみにペルー料理では他にテンジクネズミ(早い話がモルモット)も食べるそうなのですが、それは出てきませんでした(出てもさすがに躊躇しますが)
ちなみに参加者28名、アルパカ、魚(マス)、牛肉の三択で自分を含めて14人がアルパカを選んでいました。つぎに多かったのが魚で牛肉は数人でした。

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アルパカの断面。なんて言うか、かなり美味しかったです。焼き方が上手なのか肉はかなりジューシー、そして噛むと跳ね返ってくるような弾力のある肉質が特徴でした。歯応え的には焼き鳥のハツとか砂肝あたりというのが最も近いかもしれません。これは日本じゃなかなか食べられないなと。
なお余談ですが、リマの隣国コロンビアではカルネ・デ・チグイロと言ってカピバラを食べるそうです。小さなお子様が聞いたら泣きそうです。

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そしてデザートはフルーツ。本当は気分的にチョコレートケーキだったんですが、頭痛がする体調を考えてこちらを選択。

食後は明日も早いしとバファリン飲んで、冷えピタはって早めに就寝。自分にとってバファリンは二日酔いの頭痛にも効く、いわば頭痛の万能薬になってます。

明日は四日目、いよいよこの旅行最大の目玉、マチュピチュです

2017年1月17日 (火)

ペルーに行ってきました⑤

ペルー旅行3日め、この日は朝6時にバスに乗り空港へ移動。飛行機の中で二時間ほどロクな情報もなく待たされ、それから1時間ほどのフライトでクスコに到着しました。

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左がリマ上空で右がクスコ上空。なんかリマ、ものすっごく茶色いです。逆にリマは赤がメインでけっこうキレイ。

「飛行機遅れてスミマセン。皆様のご理解とご協力ありがとうございました」
そんなアナウンスに「いや、誰も理解してねえよ」とツッコミを入れつつ飛行機から降りたのですが…

その瞬間、さっそく来ました高山病

気圧が調整されている機内から降りた瞬間に襲ってくる鈍痛のような頭痛。深呼吸をしたり、トイレに行って冷たい水で顔をザブザブと洗うと少しは楽になるのですが、それでもしばらくするとぶり返してきます。クスコの標高は3400メートル、同じ高地でも標高2200メートルのメキシコシティでは全然頭痛が来たりしなかったので、自分は高山病わりと平気な体質なんだと独り決めに決め込んでいたのですが、どうやらそんなことは無かったようです。
それでも何とか気を取り直し、観光スタート。
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クスコの中心地、アルマス広場。レストランやお土産物屋さんが並んで、物売りもいて、散歩する人達や観光客で賑わって、なかなかのどかな所です。

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広場の街灯にくっついていたジャガーのオブジェ。何とも言えずシュールっちゃシュール。このへん、なんか南米チック。
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クスコ市街地の中心部にある大聖堂(カテドラル)。カトリックの教会です。元はインカの神殿があったそうなのですが、スペインに破壊されました。ただ、足場の石組はインカ帝国時代のものをそのまま使っていて、しかも耐震性は上に作られた教会を遥かに上回っているとか。

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カミソリの刃すら通さない、と言うフレーズがついているインカの石組、その中でも最も特徴的で宗教的な意味合いを持つと言われているのがこの、12角形の石です。ガイドブックにも乗っています。

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道中で見かけた謎のうどん屋、慕情さん。ペルーでうどん、クスコでうどん、そして謎のネーミングセンス、店内に入ることは叶いませんでしたが妙に惹かれました。ちなみに
「クスコ 慕情さん」
で調べたら食レポ出てきました。美味しいそうです。
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市内観光が終わったらちょっと飛行機が遅れたせいでちょっと遅い昼食。ペルーなのに、なぜかパスタ。しかも味は微妙。
パン、スープ、それにケーキは文句なしの味だっただけに何故と考えたのですが、これはきっとクスコが高地にあるからなんだろうなと。水の沸点が低くて、たぶん85度くらいで沸騰するから麺がうまく茹できらないんだろうなと。

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クスコあたりを旅していると食事のときに高山病に効くということで必ず出てくる飲み物、それがコカ茶です。ええ、材料は「あの」コカです。もっとも葉っぱ数枚なので、人体に悪影響ということは無いのですが。ここのお店みたいに葉っぱを直接熱湯に入れてという場合もあれば、ティーバッグで出てくる場合もあります。
ただ、いずれにしてもいかんせん材料が材料ですので、アメリカにも日本にも持ち込みは禁止。お土産物屋さんではごく普通に売っていますが、買わないように。

次はクスコの中心をちょっと離れて観光。高度はもっと上がります…

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