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カテゴリー「旅行・地域」の記事

2017年11月21日 (火)

人生初の体験でした②

さて、そんなこんなで普段じゃ絶対に経験できない国際線のビジネスクラスに乗れたワケですが、もちろん食事の内容もエコノミーとは全く異なります。

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参考画像:帰り道のエコノミーで食べた食事。左から夕食、軽食、朝食。夕食は豚肉のハンバーグ。これはこれで十分美味しかった。
朝食はあんまりお腹が空いていなかったからとベジタリアン向けの麺というのを頼んだのですが、けっこうクドかった…でも、全体的にロサンゼルスからサンパウロに飛ぶときに食べたのよりはずっと美味しかったです。競争相手が多いからなのか、日本のケータリング工場から仕入れたものだからなのか、それともその両方が理由なのか…

そしてこれらの料理は全部、通路をカートでガラガラと押してきて、ビーフ・オア・チキン?みたいな感じで聞いて、そして出してくれるというのがエコノミーのスタイルなのですが…

ビジネスだと先に注文を聞いてきます

そして配るときも一人ずつ配っていきます、挙句、前菜、メイン、デザートと分かれています。こういうところでも、ちょっと感動。

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まずは前菜。キアヌとマンゴ、野菜のタンバル(わさびマヨネーズ、ジンジャーピクルス、シラントロ)←メニューをそのまま書き写しているので、何が何だかは分かっていません。
パンはバスケットに数種類入れて持ってきてくれます。食べなかったけどおかわり自由。

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メインディッシュは魚料理。鯛のハーブクラスト焼き。他の選択肢はショートリブ煮込み、放し飼い鶏のグリル焼き、ほうれん草のラビオリ。

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デザートはラズベリータルト。他の選択肢はアイスクリームサンデーやチーズの盛り合わせ(デザートと言うよりもツマミ?)。コーヒーカップもプラスチックではなく陶器製。

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途中で出てきた軽食はお蕎麦とフルーツ

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朝食は朝っぱらからトンカツにカレーソース

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それでもまだ足りないという人には、通路の途中にプチケーキやヨーグルト、一口サンドなんかもご用意しています。ご自由にお召し上がりください!

…とまあ、とにかくエコノミーに比べて中身も豪華なのですが量も多いです(ちなみに空の上で食あたりなど起こされては困るということで、刺身類は一切出ません)。
勿体無いの精神もあって出された食事は残さず平らげましたが、ちょっと頑張りすぎた…帰国後の夕食時まで胃もたれ残っているような感覚がありましたし。あ、あと離陸直後にミックスナッツ出してくれたり、離陸前にウェルカムドリンクを出してくれたりもします。

ただ、そんなビジネスクラスですが、だからエコノミーと違って体力の消耗ほとんど無し!ホテルのベッドから起きた直後のように自由に動き回れるぞ!なんてことはなく、やっぱり長時間のフライトなので疲れるものは疲れます。寝るとき座席がフルリクライニングになったり、トイレで並ばなくちゃいけないことが少なかったりと助かる部分はとても助かるんですが。

だからもしもまた、こういうチャンスがあったとしても…うん、それでもたぶん選ぶだろうなあ。今度は前より迷いなく。何十万円ものお金を出してとまでは思わないけど。

ちなみにJALのマイレージ登録は残念ながらエコノミー扱いでしたcoldsweats01

2017年10月26日 (木)

ブラジルに行ってきました④

8月に行ってきたブラジル出張、後半に訪れたのはブラジル北部、日系企業の工場が多く集まるマナウスという都市でした。サンパウロからは直行便で3時間半ほど。うん、やっぱりブラジルって広いです。

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行きの飛行機の座席。普通に会社が懇意にしている旅行代理店で頼んだだけなのに、なぜかビジネスクラスでした。面白い形の座席でしたが、思いっきり足を伸ばせたのは助かります。でもまあ、どうせ座れるんだったらもっと遠距離のときに(ワガママ)。

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飛行機の窓から撮影。これ、海じゃないです。川です。世界最大の河川、アマゾン川。マナウスはアマゾン川観光の玄関口でもあります(と言うか、世間的にはたぶんこっちの方が有名)。熱帯雨林の代名詞とも言えるアマゾン川流域、セーターかトレーナーがほしかったサンパウロと違って半袖で十分過ごせる蒸し暑さでした(それでも夏に比べると涼しいそうですが)

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ホテルのベランダから臨むアマゾン川。うん、やっぱりデカい。て言うか海にしか見えない。

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そして川沿いにあったボートハウス(セスナハウス?)。きっとこのセスナを使って、上空からの観光とかをするんでしょう。

しかしロサンゼルスからサンパウロに来て、さらにマナウスまで来ると本当に、さらに遠くまで来ちゃったんだなという感覚はありました。お客様の話を聞いても、日本に帰るときはアメリカ経由より安いからということでドバイ経由で帰るときもあってその場合、乗り継ぎ時間とか日本に帰ってからの国内線の時間も含めて40時間くらいかかるとか、日本のカップラーメンはどうにか手に入るけれど1つ千円くらいするからサンパウロに出張したときに買い込むとかそういうことを言われてましたし。

なのでお客様にはぜひ、うちの工場に見学に来てくださいとお話しました。ついでにクルマを出しますので日本食買い出しツアー行きましょうと。大歓迎させていただきますので。

ブラジルの出張紀行はだいたいこんな感じです。さすがに観光旅行で行ったペルーみたいな長編にはなりませんでした。

しかしここまで来たらいっそのこと、アルゼンチンまで年末旅行で行ってみようかなと思うときもあるんですが、ブラジル以上に何が見どころなのか分かんないんですよね…イグアスの滝とか地球で最も南にある都市とか、興味が無いことはないんですがそれだけのために支払うには、参加費さすがに高いので。

2017年8月28日 (月)

ブラジルに行ってきました②

初っ端から盛大に出鼻をくじかれたブラジル出張、そこで最初に行ったのは市内観光でした。

何せ到着したのが日曜日の朝、治安を考えて夜の到着は避けたかったし、休日の朝っぱらからローカルスタッフの手を煩わせたくなかったしということでホテルにチェックインできる時間になるまで時間を潰すためにと事前にガイドさんを頼んでおいたのです(一応言っておきますと自腹切ってます。その金額が150ドルか500レアルと言われ、そこで「あれ?2万円で340レアルって変じゃね?」と)。ただそこで一つ改めて、わりと肝心なことに気づいたんですが

自分、ブラジルについて何も知りません。

知ってることについて箇条書きしてみると

・アマゾン川
・歴史的に日本からの移民が多い
・カーニバル(リオなので関係ない)
・丘の上のキリスト像(これもリオなので関係ない)
・10人そこそこのF1ドライバー
・たぶん片手で数えられるサッカー選手
・シュラスコ(焼き肉)
・ピラルク(アマゾンの魚)
・スト2のブランカ(ブラジル人には怖くて見せられない。ちなみにダルシムも同様)

うん、偉人とか歴史とか遺跡がどんなのあるのかとか、全ッ然知らないなと。とりあえずガイドブックを読んで興味を持った東洋人街(リベルダージ)と、ブラジル行くならここだけはと思っていたアイルトン・セナのお墓をリクエスト。サッカーネタにも反応薄いし、たぶんガイドさんには「変わった東洋人」と思われたことでしょうcoldsweats01

まずは東洋人街の写真から

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遠目に見えたカトリックの教会。ペルーもそうですが、中南米はやっぱりキリスト教系の建物が多いです。ただ、そこでふと、ヨーロッパに侵略される前のブラジルはどんな神様を崇めていたのか?そう考えて何も思い浮かばなかったとき、ああ自分はこの国について何も知らないんだなと自覚させられました。メキシコのテオティワカンやアステカ、ペルーのマチュピチュに相当する物を知らなかったので。

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東洋人街のストリートにて。日系移民が多い国だけあり、ロサンゼルスのリトルトーキョーよりもはるかに「日本」を肌で感じる場所でした。すき家とかサンパウロで数軒見かけましたし、アニメショップなんかもありました。残念ながらゲーム関連のお店は見つけられませんでしたけどbearing

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屋台の立ち並ぶ一角。ここでも看板に普通に日本語が書かれています。買わなかったけれど今川焼きなんかも売っていました。そして写真のように、盆栽なんかも売られています。今川焼きはリトルトーキョーでも売っていますが、盆栽はさすがに売っていません(たぶん)。
日系食材のスーパーもありましたし、とりあえず日本人が暮らす上で食材の確保という意味では苦労はしなさそうです。

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東洋人街の陸橋の上から撮ったサンパウロの空です。道路は広め、空も広いですが、このとき実は意外と寒かったです。気温20度くらいまでしか上がらなかったし。事前の天気予報でそれは分かっていたんですが、同じような天気予報していたペルーがいざ行ってみると基本半袖じゃないと辛い気候だったので今回も同じだろうと思っていたら思いの外寒く…ロサンゼルスの気候に慣れた身には応えました。

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ガイドさんが教えてくれた、アイルトン・セナの名前を冠したトンネルです。ガイドさんにもセナは日本で非常に有名なドライバーだったということは伝えました。

そしてお墓参りですが、こちらの写真はありません。ペルーの旅行記でも書きましたが、なんとなくお墓で写真を撮るということに抵抗があるもので。ただブラジルのお墓は本当に平坦な広場という趣でした。墓石と言えるものは何も無く、公園のような広場のあちこちに名前の書かれた銅製のプレートが埋め込まれているだけ。それはセナとて例外ではありませんでした(献花が多いので目立ちますが)。しかも土葬なので、みんな色々な人の棺桶の上を歩いていくことになります。いいのかなあと思いつつ、でもそれを気にしたら一歩も歩けそうにないから仕方ないよねという感覚で開き直って歩くことになります。

1994年の5月1日にセナがイモラで亡くなってから、結局1人もブラジル人のF1チャンピオンは誕生していません。(日本人に至っては未だ一勝すら挙げていません)。F1も最近はとりあえず結果は気にするけれど、という感じになってきてしまっています。こっちだと日曜の朝5時くらいに起きないと観れないし。ホンダも相変わらずですし…ここらでひとつ、パッと明るくなるような話題が出て来てくれると良いのですが。

次回はブラジルで食べたものについて少し語ろうと思います



2017年8月21日 (月)

ブラジルに行ってきました(序章)

少し前のブログでも書きましたが、8月の12日から19日にかけて、ブラジルに出張してきました。日本ではお盆休みのこの一週間、日本からの仕事関連のメールが皆無になるので出張を入れるには良い時期です(まあ、休みを取るのにも良い時期なんですが。去年アラスカに行ったのもこの時期でしたし)

ロサンゼルスから首都サンパウロは本数少ないながらアメリカン航空による直行便があります。フライト時間は12時間、東京に行くのと大体同じくらいです。ロサンゼルスとの時差は4時間、午後四時の出発で翌日の午前八時に到着でした。

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機内食は2回。朝食はブルーベリーマフィンとヨーグルト、夕食はチキンとマッシュポテト、味は…うん、とりあえずアメリカン航空を一時帰国には使いたくないなと。選択肢は6社くらいあるんだし(ANA、JAL、シンガポール航空、デルタ、アメリカン、ユナイテッド。この中で実際に乗ったことがあるのはアメリカンとユナイテッド以外の4社)

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余談ながらデルタ航空の羽田行きで出た機内食。こっちは基本、文句なし。機内上映の邦画も豊富にあるし(アメリカ国内線で「君の名は。」があったのは驚きでした)。つくづくこれで、マイレージの使い勝手さえ良ければねえ。

とにかく12時間、寝るかゲーム(出発直前にダウンロードした大逆転裁判2)をやるかなりしながら時間を潰しているうちに到着しました。サンパウロ、南緯23.30度、去年旅行したペルーよりも南にある、目下自分の人生最南端、この国でこれから一週間を過ごすことになります。

2017年5月26日 (金)

今年も更新いたします

なんかすごく久しぶりに書き込みますね、このブログにもcoldsweats01


タイトルですが、何を意味するかと言うと

自分が旅した北限&南限です

去年、北はアラスカはアンカレッジに行き、南はペルーまで行きましたが、どうやら今年もそれを両方、若干更新することになりそうです。

北は9月1~4、再びアラスカに行くことにしました。なんか直前までニューヨークに行こう、まず911モニュメントにお参りをして、ニンテンドーショップに行って、自由の女神の内部を見学して、ピーター・ルーガーでステーキ食べてヤンキースの試合観て…とか考えていたのですが、ふと、思いつきでエクスペディアを検索して気がつきました

デナリ国立公園近くのホテルに、まだ空きがあることに

去年は出発の3週間前くらいに検索して当然のごとく満室だったアラスカで最も有名な国立公園、それが3ヶ月前ならまだ少しだけ空きがあります。しかも調べたら9月頭のデナリは紅葉が一番キレイだとか、運が良ければオーロラも観れるとか、チェナってところに日帰り温泉があるよとか、なんか色々と惹き付けられたので。うん、ニューヨークとかいつでも行ける(?)もんねと、とりあえず先ほど宿だけは押さえときました。予定として最初にアラスカ第二の都市フェアバンクス(前回のアンカレッジから飛行機で1時間くらい北)に行って、そこで一日観光して翌日二時間半くらいレンタカー飛ばして国立公園ってルートかなと。

しかし正直、そこまで旅をするんだったらいっそこのへんまで行ってみたい という気持ちも芽生えてきてはいるんですが。そこまでいかなくても、水曜どうでしょうで出てきたこのあたりまでとか

前者はともかく後者はアンカレッジやフェアバンクスからツアーが出ているみたいです。行きはバス、帰りはセスナ、みたいなツアーが。

…どなたか一緒に地球で最も北にあるサービスエリアとか目指してみませんか?コールドフットとか、地名からして寒々しいですが。シアトルあたりで合流して一緒にアラスカ目指すとかそんな形で(わりと本気)


追記:南限の方は今年、なんかブラジル出張することになりそうです

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

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旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

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カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

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内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありませんcoldsweats01

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

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古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

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そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

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博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

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この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

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最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

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ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

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オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

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空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

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帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

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リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

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ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

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アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます

2017年2月 6日 (月)

ペルーに行ってきました⑪

ペルーの旅行記も残すところあと2回、今回は5日目の後半です。

昼食を終えて、少しだけアグアスの土産物屋を冷やかして、行きと同じ電車に搭乗。

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お昼もまだ消化しきれていない状態で出た軽食(ベジのピザパンみたいなのと謎の黄色い物体。とりあえず食べてみましたが味は完全にミニトマトでした)を食べて、あとは1時間くらいのんびり景色でも観て過ごそうかなと思っていたのですが

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なんか来ました

解説も電車のアナウンスでしていたのですが覚えていないので省略(酷)。とにかくインカの神話に出てくる、トリックスターみたいな存在らしいです。いろいろとコミカルな踊りを披露したり、乗客と一緒に踊ったりとわりとフリーダム。今回のツアー最年少だった6歳の女の子とも踊ろうとしていましたが、拒否られてました(泣かなかっただけ偉いと思いますが。自分が6歳のとき、こんなの(失礼)に目の前に来られたら絶対ガチ泣きしてました)

そして写真は撮っていませんが、続いて電車の搭乗員の人達による、アルパカの毛糸を使ったセーターだのショールだののファッションショーが始まったりもしました。もちろんショーの後は即売会開始。しかもカートに乗っけて通り一遍というのではなくて、値段交渉も含めて買う気を見せた乗客とはかなりガチな交渉。しかし乗客全員としっかり交渉をするためだったんでしょうか。

帰りの電車、やけにゆっくりだった気がします

定刻?何それ美味しい?そんな彼らの声が聞こえてきたように思えたのは、きっと気のせいではないでしょう。

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電車を降りてバスに乗り換え、そのときのペルーの車窓から。オリャンタイタンボという遺跡。古代の砦とも旅籠とも言われている場所らしいです。相変わらず名前を覚えられる気が全くしない地名ですが、なんとも趣があったので、できればバスの車窓からだけじゃなくてきちんと降りて観光したかったなとは思います。まあ、それはそれで大変に歩かさせられそうなんですが。

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最終日の宿はクスコでした。聖なる谷じゃないのは翌日の飛行機がわりと早いから。でもさすがにこの頃になると、高山病は完全に克服しています。必死こいてマチュピチュの山頂まで山登りした甲斐があったというもの。ちなみに広場のあたりは夜になっても治安の悪さというのは感じませんでした。行く所に行けばやっぱり治安は良くない場所もあるんでしょうけれど、少なくとも街の中心部は。

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夜は三日目のお昼を食べたのと同じレストラン。今回はブッフェ。お肉はアルパカです。日本でもアメリカでもまず食べられないお肉なので、旅の記念に食べておこうかなと。
ちなみにクイ(テンジクネズミ、早い話がモルモット)の肉もあるかもしれないという事前情報があったのですが、幸か不幸かそれはありませんでした。まあ、あっても食べなかったとは思いますが…

次回はラスト、リマの市内観光です

2017年2月 2日 (木)

ペルーに行ってきました⑩

前回の続き:帰り道はある意味往路よりもタイムアタック気味に飛ばした自分。なんとか予定時間よりも早めにマチュピチュ山から駆け下りてきたそんな自分の目に一つの立て看板がとまりました。

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向こうに行くと太陽の門へと通じると書いてある立て看板、太陽の門、うん、なんかネーミングからしてそそられる物があります。しかもどう考えても昨日の観光では行っていません。すっごく行ってみたいです。
ただ、タイムリミットまではあと40分くらい。迷っているところに全く別のツアーの日本人ガイドが通りかかったので、これ幸いと話しかけてみました。

「すみません、太陽の門ってどれくらいかかりますか?」
「そうですね~、けっこう遠いから1時間くらいは」
「11時に集合なんですけど」
「あ~絶対ムリですねえ」

残念ながら諦めました。ただ、同じツアーの参加者で自分をはるかに上回るハイペースで行っていたひとは、気合でそこまで回ってきたみたいですけど。Tシャツ短パンの人と言い、やっぱり上はいくらでもいます。

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そして去り際に写したマチュピチュの写真。下山してもなお、昨日よりも分厚い霧が立ち込めています。ちなみに遺跡までの道のりも登りは登り、下りは下りと明確に区分けされていて、来た道を逆走しようとすると止められました。
余談ですが昨日、テレビでグレートサミッツという番組をやっていました。そこで出てきたマチュピチュは雲ひとつない良いお天気で、ああ天気が良ければこういう景色が見れたんだなあと(暑さで死にそうではありますが)。

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遺跡の入り口にあったスタンプです。自分は途中で買ったガイドブックに押しましたが、ツアーで来ていた韓国人数人は嬉々として自分らのパスポートにペタペタとスタンプ押していました。いいのかなあ…とりあえず日本じゃ関係のないスタンプをパスポートに押したりはしないと思うんですが。

さらに余談ですが、遺跡の入り口とアグアスカリエンテスの街を往復するバスは窓側じゃなくて通路側がオススメです。窓側に座ると、断崖絶壁プラスガードレールが曲がり角以外に全然ないのが嫌でも目について怖いので…いや、通路側に座ったからって何の問題も解決していないのはよく分かっているんですが。

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下山したらとりあえずホテルに戻って、チェックアウトはしちゃってるからロビーで一休みして、それからわりとすぐにお昼になりました。
うん、お店がキレイなのはいいけれど、ちょっとキレイすぎるよねというのはツアー参加者のわりと共通した感想。1回くらいはコッテコテの大衆食堂にも行ってみたかったという気持ちは残ります。

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そのレストランでのお昼ごはん。メインは牛肉と玉ねぎ、トマトの炒めもの、それにライスピラフとフライドポテト添え。ロモ・サルタードというペルーの大衆料理です。味付けは中国系移民の影響もあるらしく、日本人の口にも合う東洋風。ウィキペディアの日本語版にも独立した項目があります。

ただ、画像検索するともっとざっくばらんな感じの写真ばかりが出てきますが。

次回は帰りの電車とか。たぶんあと2回くらいで終わります

2017年1月28日 (土)

ペルーに行ってきました⑨

あと1回書けばブログで書いてる続き物として初めての二桁に到達するこのシリーズ、9回めは5日目の自由行動について書こうと思います。

5日目は午前中自由行動、最初の予定からそうなていました。もっともその時点でアグアスカリエンテスがどんな場所なのか全く予備知識なかったですし、ホテルで朝寝坊してボーッとしているようなことも避けたい。旅行案内を見ると前日行ったマチュピチュに再入場して、マチュピチュ山に登ることが別料金払えばできるらしい、なんだかよく分からないけどそれじゃあとりあえずそれを申し込んでおこう、そんな感じでした。

前日のうちにバス、そして遺跡のチケットを受け取り、朝の5時に少しのパンとハムだけお腹に入れて、すでに長蛇の列を作っていたバス待ちの列に前述のペルーサッカー情報を教えてくれた人と並び、30分くらいで自分もバスに乗ることに。と、そこでチケットを見た係のオバチャン曰く

このチケットダメだねえ

…は?(# ゚Д゚)

いやマジで意味わかんないんですけど。だってこれ正規の(たぶん)チケットですよ?え?名前が違う?いやいやいや、チケットに書いてある名前、1文字違わずパスポートに書かれているとおりなんですけど

そうは言ってもねえ、QRコード読むと出てくる名前が違うんだよお。一緒についてってあげるからチケット買い直して?

こちらの抗議も実らず、そんなワケでチケット買い直し。元の券には「これを旅行会社の人に見せて」と裏に何かスペイン語で書き込んでくれました。30分くらいはタイムロスになりましたが、列の頭に戻してくれたし、今になってみればやるべきことはきちんとやってくれたんだなあのオバチャン、とは思います。そして予定の自国を少し遅れて、再び遺跡の入り口に戻ってきました(列に一緒に並んでいた人には先に行っててもらいました)

マチュピチュの遺跡は2つの山に挟まれています。1つは新しい山を意味するワイナピチュ山で、もう1つは古い山を意味するマチュピチュ山。遺跡を見下ろすようなアングルの写真は、これらの山のいずれかから撮られています。
ワイナピチュは入場者数に制限がありすでにチケットが売り切れだったため、自分が入ったのはマチュピチュ山の方でした。

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マチュピチュ山の登山口入り口。ここで自分の名前と入残時間を記入します。やっぱりここで人数チェックしておかないと、戻ってこない人がいたりしたら困るからなんでしょうねえ…

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道中はずっと、こんな感じの石段が続きます。土の道じゃないという意味では整備されていますが、整備された石段と言うには高さもバラバラですし道も舗装はされていません。スタート地点の標高は2400mくらい、目指す山頂3000mまで、だんだんと傾斜を急にしながらこんな道が延々と続きます(上の写真で言うと、左が入り口近くで右が頂上近くです)

正直、登るのはけっこう疲れました。もっている食料は600mlペットボトルの水が1本と、風邪のときようにと用意した梅のど飴くらい。途中から水を飲む量も少なくして、飴も一種類じゃ飽きるからせめてハイチュウ(ロサンゼルスだと普通に買えます)くらい持っておいてくればよかったなと思いつつ歩き続けました。

ちなみにこの日の天気は曇りときどき雨。上空は分厚い雲に覆われていて、頂上に登ったところで絶景が拝める保証は全くありません。それでも登ったのは、たぶん単に貧乏症だったから。ついでに言うと、自分はまだまだ若いんだと言い聞かせるため。

そして登り続けること1時間半

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ようやく頂上に到達しました

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いや、ホント、自分に一番達成感を与えてくれたのは山頂の看板でした。下を見下ろすとバスの乗り口あたりの下界は雲の切れ目から少しは見れました(ちょっと足がすくみます)
右の写真は「たぶんこのあたりの先に遺跡があるんだろうなあ」というポジションです。頂上に到達すると風よけになるものが全く無いので、結構寒いです。ただ、ここで冷たい日本茶と鮭のオニギリとかがあったら、たぶん最高だったと思います。

ちなみにこの山頂まで、Tシャツに短パン、それにカカトはついてるゴムスリッパという異常なまでの軽装で、とんでもないハイペースで来ている日本人もいました。思わずこっちが「プロですか?」と聞いたくらいの(違うと言ってましたが)。

もっとも、天気が良ければ良かったで脱水症状でぶっ倒れていたと思いますし、それに雨が降っていたからこそ見れた、良いものもありました。

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雨露に濡れた高山植物。とくに左の花は個人的に、今回の旅のベストショットだと思っています。

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蜘蛛の巣さえもこんなにキレイ

7時20分くらいに入り口に入り、下山して戻ってきたのが10時前でした。ネットでは登るのに2時間くらいと書かれていたので、悪くないペースだったと思います。そしてこのとき、1つの考えが浮かんでいました。空気の薄い標高2400mから3000mまでの、不揃いな石段の道を登り切った自分です。

スカイツリーの階段、余裕じゃね?


Wi-Fiのつながるホテルに戻ったあと、早速調べてみました。残念ながらスカイツリーの階段は非常用のみで一般客の立ち入りは基本的にできないそうです。

じゃあ東京タワーはどうだろう?

そう思って調べてみたところ、150mの高さにある展望台までは階段で登れるとのことでした(料金はエレベータ使うのと同じですが)
挑戦してみたいような、同じ金額だったらエレベータでいいやと思いたくなるような…

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