フォト
無料ブログはココログ

2017年6月21日 (水)

あまりにも悪質、あまりにも下劣、あまりにも酷すぎる

なんて言うか、もう言葉もありません。それくらい酷い、本当にもうこいつには金輪際、一切のモータースポーツと名のつくものに関わってほしくない、それぐらい酷い行いでした。

先週末、フランスはル・マンで24時間レースがありました。F1のモナコGP、インディカーのインディ500と並んで世界三大レースと言われるレースイベント、そこにトヨタは出場していました。去年、ラスト3分でその手から滑り落ちた初優勝、それを今年こそは掴み取るために。

出だしはとても順調でした。小林可夢偉が予選でコースレコード(あまりに長すぎる直線が危険だからと意図的に減速するためのコーナーが追加される前の記録)を更新するタイムを叩き出し、中嶋一貴もそれに続きトップ2を独占。決勝でも中嶋一貴の乗るクルマ(8号車)にはトラブルが起き、優勝戦線から離脱したものの可夢偉達の駆る7号車は順調そのもの、2番手を走るポルシェの1号車とのギャップも順調に広げつつ、10時間ほどが経とうとしていました。

そんな中でアクシデント対処のためにセーフティカーが導入され全車ペースを落として走行、7号車もそのタイミングでピットに入り整備をし、ドライバーも可夢偉に交代、ピットの出口で待機をしていました。そんなとき、ビンセント・キャピラリーとか言うヤツがこの競技に関わる人間として、決してやってはいけない行動に出たのです。そう、ドライバーを罠にかけるという最低のマネを。

ヤフーのニュースはこちらです

こちらのリンク先、真ん中あたりに動画があります

この動画の中で可夢偉のクルマにスタートを促しているのがヤツです。しかしまだ本当はスタートをしてはいけないコース状態。完全に不測の事態での停車、そしてリスタートは7号車のクラッチをオーバーヒートさせ、コースに出た(出ざるをえなかった)可夢偉は全長13キロを超えるコースを周回させてピットに戻ることができず、リタイヤとなりました。

ホントにふざけんな

もうこの言葉しか出てきません。「ただ励ましたかっただけなんだ」?誰がそんな言葉を信じる?あんたトヨタや可夢偉とどんなつながりがあった?クラッチ壊れるかはともかく、速攻逃げ去ったことと言い、腕の向きと言い、完全に罠にかけて引っ掛けるつもりでやってるだろうがと。こいつが酒をしこたま飲んで、酔っ払った乱入者だとでもいうのなら話は別ですが。

もちろんこれが無かったからって勝てたとは限りません。まだレースは半分も終わっていなかった。マシントラブルが出る可能性、ドライバーがミスをする可能性、他車のクラッシュに巻き込まれる可能性、あらゆる負の可能性はありました。でも、たとえそれがレースというものだったとしても、ピットレーンで罠を仕掛けられるなんて可能性は誰も考えていないでしょう。そんなのはレースじゃない、モータースポーツじゃない。コース外での政治的な場外乱闘はこの競技の一部だけれど、これは断じてそうじゃない。

とにかくもうこいつはサーキットから消えてほしい。無理だと思うけれど、金輪際モータースポーツに関わらないでほしい。とにかくそれだけです

2017年5月31日 (水)

メモリアルデーでもう1つ

そして連投になりますがこの連休、忘れちゃいけないことがもう1つあります。それはもちろん


佐藤琢磨、インディ500優勝!!!

いや、このニュースみたとき正直ものすごくびっくりしました。インディ500と言えば100年以上の歴史を持ち、F1のモナコグランプリ、耐久レースのルマン24時間と並んで世界三大レースの1つとされる伝統の一戦、そこに日本人のウィナーが出るとは…日本ではそこまで大々的に取り上げられていないようですが、これマジで日本のモータースポーツ史上に残る快挙です。後からラスト数周を結果わかってる状態で見ていても震えが来たんだから、リアルタイムで観ていたら、まして現地で観ていたらどんだけ熱狂できたんだろうかと。

アメリカに来て三年になりますが、インディ500はまだ観に行っていませんでした。来年はまだこっちにいるようだったら、日本の同僚と観に行こうという話はしているのですが。
ヨセミテは天気も三日間抜群に良かったし、そこの景色は心洗われたし、スポーツイベントの結果なんて誰も予期できないので「向こうに行ってればよかった」という後悔は無いのですが、しかし凄いなと。

もちろん佐藤琢磨のことは知っています。彼がF1に上がる前からその名前は聞いていましたし、期待もしていました。ただその期待はいつも、稀勢の里レベルで裏切られてきたところがありましたので…しかしこれでインディカー選手権でもランキング2位に浮上、こうなったら初のチャンピオン目指して頑張ってほしいですし、6月に行われるルマン24時間でもぜひトヨタ勢に優勝してほしいところです。

そうなるとあとはモナコグランプリなんですが、これの日本人優勝は遠そうですね…ホントは可夢偉に、モナコウィナーになってほしかったのですが

メモリアルデー

5月最後の月曜日(今年の場合5月29日)はメモリアルデー、アメリカでは数少ない祝日でした。漢字で書くと戦没将兵追悼記念日、こういう日を祝日にしたり、スポーツの試合では必ず退役軍人を顕彰するセレモニーがあったり、飛行機の搭乗が軍人さんは幼いお子さん連れやハンディキャップの人と並んで優先的に搭乗できたり、軍人への扱いというのは日本とものすごい違いをしょっちゅう感じます。

ちなみにこっちの他の祝日はと言うと

・元日
・グッドフライデー(4月はじめの金曜日)
・建国記念日(7月4日)
・レイバーデー(9月の第1月曜日)
・感謝祭(11月22&23あたりの木曜&金曜)
・クリスマス

日本に比べるとだいぶ少ないです。その分自分の好きなタイミングで一週間くらい休みを取っていいのですが、小心者の日本人にはせいぜい2日くらいが…(汗)

そしてそんな祝日ですが、今年はカリフォルニアの北、サンフランシスコの東にあるヨセミテ国立公園にバスツアーで参加してきました。

Photo

ヨセミテ国立公園の遠景。今年は年初にかなり雨が降ったこともあり、ものすごく緑が豊富でした。バスツアーは去年のペルーの引き続きjtbさん主催のに参加。ロサンゼルスからはバスで6時間くらいの距離にあります。

Photo_2  Photo_3

ヨセミテのシンボルとも言える奇景、ハーフドーム。太古の時代はもっと巨大な一枚岩だったのが、氷河が崩れると同時に半分が下に崩れたとか。

Photo_4

水の豊富なヨセミテ峡谷、その滝の真横を歩いて行けるミストトレイル。ずぶ濡れになるのは覚悟の上で。滝からあがる水飛沫がびっくりするくらいキレイな虹をかけていました。

Photo_5

季節によってはまるで鏡面のように風景が見えるという湖、ミラーレイク。残念ながら陽の光の関係で鏡面には見えませんでしたが…しかしそれより何より、ここは水の流れがほとんど無いせいで蚊がめっちゃ多いです。ええこのミラーレイクにボウフラ駆除のために大量の金魚とメダカを放流したくなりましたよ…国立公園で自然の生態系を崩すような行為をするのは厳禁なんですが。撮っていいのは写真だけ、残していいのは足あとだけ、石ころ一つ持って帰っちゃいけない場所でそんなことしたら、漏れなく最低200ドル、最大5000ドルの罰金が待っているんですが

最後にオマケ:
Photo_6

Photo_7

去年行ったブライスキャニオン国立公園(ラスベガスから東に3時間くらいの距離)から二枚ほど。ヨセミテのように雄大な自然の国立公園とこことかグランドキャニオンみたいにひたすら荒涼とした、荒々しい荒野の国立公園。アメリカの景色と言って思い浮かぶのは、どっちの方が多いのかなあと。

2017年5月26日 (金)

今年も更新いたします

なんかすごく久しぶりに書き込みますね、このブログにもcoldsweats01


タイトルですが、何を意味するかと言うと

自分が旅した北限&南限です

去年、北はアラスカはアンカレッジに行き、南はペルーまで行きましたが、どうやら今年もそれを両方、若干更新することになりそうです。

北は9月1~4、再びアラスカに行くことにしました。なんか直前までニューヨークに行こう、まず911モニュメントにお参りをして、ニンテンドーショップに行って、自由の女神の内部を見学して、ピーター・ルーガーでステーキ食べてヤンキースの試合観て…とか考えていたのですが、ふと、思いつきでエクスペディアを検索して気がつきました

デナリ国立公園近くのホテルに、まだ空きがあることに

去年は出発の3週間前くらいに検索して当然のごとく満室だったアラスカで最も有名な国立公園、それが3ヶ月前ならまだ少しだけ空きがあります。しかも調べたら9月頭のデナリは紅葉が一番キレイだとか、運が良ければオーロラも観れるとか、チェナってところに日帰り温泉があるよとか、なんか色々と惹き付けられたので。うん、ニューヨークとかいつでも行ける(?)もんねと、とりあえず先ほど宿だけは押さえときました。予定として最初にアラスカ第二の都市フェアバンクス(前回のアンカレッジから飛行機で1時間くらい北)に行って、そこで一日観光して翌日二時間半くらいレンタカー飛ばして国立公園ってルートかなと。

しかし正直、そこまで旅をするんだったらいっそこのへんまで行ってみたい という気持ちも芽生えてきてはいるんですが。そこまでいかなくても、水曜どうでしょうで出てきたこのあたりまでとか

前者はともかく後者はアンカレッジやフェアバンクスからツアーが出ているみたいです。行きはバス、帰りはセスナ、みたいなツアーが。

…どなたか一緒に地球で最も北にあるサービスエリアとか目指してみませんか?コールドフットとか、地名からして寒々しいですが。シアトルあたりで合流して一緒にアラスカ目指すとかそんな形で(わりと本気)


追記:南限の方は今年、なんかブラジル出張することになりそうです

2017年3月23日 (木)

WBCを観てきました

昨日の話ですが、掲示板にもちょっと書きましたようにWBCの準決勝、日本対アメリカ戦を観てきました。(最初は観るなら決勝とも考えたのですが、結果的にこの試合を観に行って大正解)

試合結果自体はもう皆さんがご存知のように、残念な結果になりました。エラー云々もありますが、個人的にはうちの(?)筒香が初回と8回に回ってきたチャンスのどっちかでも打っていたら…というのが気持ちとして一番強いかなと。去年横浜の主砲として、WBCの予選リーグでも要所要所で抜群の働きを見せてくれていたからこそ、余計にそんな気持ちが強いです。まあ、試合についてはあらゆるところであらゆる論調や分析が書かれているでしょうから、ここはあくまで現地レポで。

Photo

試合開始前の球場入り口。この日の天気は雨。少し前のブログでも書いたように今年はやたらと雨がちなロサンゼルス。それでもここ二週間くらいは晴れ続きで、日中30度になる日もあって、もう雨季も終わったのかな、でももうちょっとくらいお湿りがほしいなとか思ってはいたのですが、何もこんな日に降らなくてもと。幸い自分の座った席は一階席の中で屋根が届く中での最前列という、ものすごくラッキーな席でしたが。

P3210007
始球式を務めた野茂英雄投手と彼がドジャースにいたとき監督を務めたラソーダ氏。野茂の登場がアナウンスされたときは場内から拍手、ラソーダ氏が登場したときはさらにひときわ大きく暖かい拍手。すっかりお爺ちゃんになって足元もおぼつかないラソーダ氏の手を取り、肩を貸し、まるで親子か祖父と孫のように連れ立って歩く二人の姿には、ちょっと涙ぐみました。野茂がメジャーのマウンドに立ったのは1995年、あれからもう、ずいぶん年数が経っちゃったんだなあと。

P3210009

夕食は野球観戦らしくホットドッグとフライドポテト、そしてレモネード。まあ完全にジャンクフードですね。球場価格で割高だし。でも何となく美味しい。

P3210011

試合中はあんまり写真撮っていませんが、とりあえず一枚写したパノラマ写真。試合内容以外で言うのなら、何より日本風の応援が懐かしかったです。鳴り物があって、選手ごとのテーマソングがあって、観客が歌って、どれもメジャーの野球観戦には無いものですから。
「アーメリーカの空高く、ホームランかっとばせつ、つ、ごー」
とかこういうことでもないと歌えませんし(結果は凡退でしたが…)。

あとアメリカ側が得点したときとか、マジでUSAコールはすごいです。これ、野球じゃなくてどのスポーツでもやりますが。ええ、とたえそれがプロレスであっても(アメリカンプロレスでルセフってプロレスラーがロシア国旗を持って登場、ロシアとプーチン大統領に忠誠を誓い、対戦相手のアメリカ人を傷めつけたときとかに。もちろんそれは全部演出で、そもそも当のルセフはブルガリア人なんですが

P3210012  Photo_2

試合終了後の球場、そして最初の入り口での写真です。なんのかんのでこのタイミングでアメリカ、しかもロサンゼルスにいられたというのはものすごくラッキーだったなと。試合としても日米戦というのは一番観たいと思っていたカードでしたし(本当は決勝で観たかったカードですけど)

今週末はF1が開幕し、プロ野球も間もなく開幕、スポーツ観戦が楽しみな季節がまたやってきました。

2017年2月19日 (日)

ついに…ついに…

ついに手に入れましたぁ!(挨拶)

Photo

NES CLASSIC EDITION、アメリカ版ミニファミコンです。こっちももう絶望的に品薄で、通販とかの値段も最近ようやく200ドルは切ったものの150ドル以上して(※定価60ドルです)、いつになったら手に入るのやらという状況だったのですが、たまたま家の近所のトイザらスに寄ったら「明日入荷するよ」と言われ、行ってみたら狙っている人は数人いたけれど去年みたいなキャンプ張ってるような人はいなくて、という感じで。わりとすんなりと入手することができました。

「一台目?」と女性の店員さんに聞かれて、そうだよと答えたら「おめでとう」と言われて、そういうさりげない一言はアメリカのいい所だなと思いつつとかそんな感じでした。

Photo_2

まずは我が家の先住民と記念撮影。左は買い損ねたときに代わりに(?)売っていたから買ってきたトランスフォーマー、バンブルビー。初代アニメが一番好きな世代としては、やっぱりビーはシボレーカマロじゃなくてフォルクスワーゲンビートルのイメージが強いです。
そして右のはカンクンのホテルで買ったジャガー。職人さんが手加工で木彫りをして、それに一粒一粒ビーズを糊付けして作った、目があった瞬間から強烈な引力と眼力を放っていた逸品です(2万円以上したので迷いましたが抗えませんでした…)

Photo_3

そして開梱。日本のと違ってコントローラは当時のものと同じサイズだそうです。接続もWii規格でWiiのクラシックコントローラと相互互換だったり、非正規品ながらワイヤレス版も売っていたりというところは日本のよりもいいのかなと思いますが、コントローラ自体は1つしか付属していないので2人同時プレイとかするには別途もう1個買う必要があります。ちなみに正規コントローラも本体同様ものすごく品薄で、自分が本体買ったときにも入荷されていませんでした。

Photo_4  Photo_5

そして大きさ比較。本体の表面積、ポケットサイズのプロ野球選手名鑑より小さいです。重さもやたら軽いし、ホントに中身入ってるのかと電源入れるまで半信半疑。
右でファミコン&バンブルの後ろにいるのはリマで買ったアルパカと、ニューオリンズで買った街の風景を描いた置物。いや、良い街でしたよニューオリンズ。一歩間違えたら銃弾喰らっていましたが。

Photo_6

中にはこんなレトロ感あふれるポスターが入ってました(日本のも入っているのかな?)。アメリカのNESは光線銃、ファミコンロボ、ダックハントとロボット用のジャイロというソフトが同梱で発売されてました。

ちなみに電源入れると言語選択画面が出てきましたが残念ながら(当然ながら?)日本語はありませんでした…英語とヨーロッパの言語ばっかりで。

Photo_7

当然画面もアメリカ仕様…なのですが、なんて言うんでしょう。ロックマン2のパッケージ画面が日本人の感覚で言うとすごく微妙です
また収録ソフトも30本中8本が日本と違います。つっぱり大相撲やダウンタウン大運動会が無くてテクモボウルやパンチアウトがあるあたりはいかにもお国柄。でもパルテナの鏡が日本に入っていなかったのはちょっと意外でした。

まだ元々持っていたソフトを中心にやっている感じですが、少しずつ持っていなかったソフトのゲームもやってみようかなと思っています。

2017年2月18日 (土)

正直両極端すぎる気が

ただ今金曜午後十時、本日ロサンゼルスは雨が降っています。朝からほとんど丸一日、降り続いています。夕方六時前くらいは、かなり本降りでした(そして道路の水はけが悪いので、そういうときにクルマを走らせると水しぶきが凄まじいことになります。座ってる自分の顔の高さくらいまで跳ね上がります)

11月末くらいからロサンゼルスはずっとこんな天気、毎週2日くらい雨という日々が続いています。これは自分がこっちに来てから初めてで、たぶんそれまでの二年半で降った雨の量より、この三ヶ月で降った量の方が数倍上回っています。と言っても最近の雨量が多いと言うより、それまでが少なすぎたんですが。

こちらのリンク先を見てください 2011年の年末から始まってこの五年間、どんだけ酷い干魃状態だったかが分かると思います。無論、天気は毎日晴れ。いつの間にやらカバンの中の折り畳み傘は邪魔物となって部屋の隅に置かれ、そのまま出張して出先で雨が降っていて慌てるなんてことも1度や2度じゃありません(単に自分が抜けてるだけとも言いますcoldsweats01

そんなロサンゼルス、公園にこんな表示が立つようになりました

Photo

GOLD IS THE NEW GREEN

最初は何を言いたいのかさっぱり分かりませんでしたが、こういう話です。

以前(自分が最初にアメリカに来ていた80年代とか)は芝生が緑にしておかないといけないものでした。たとえ個人の家の前庭だろうと、きちんとスプリンクラーで水をやって、芝刈り機で切り揃えていないと自治体から叱られる(下手すりゃ罰金?)というルールになっていました。
しかし大渇水のためとても芝生に水をやる余裕なんてありません。これまでとは逆に、むしろ盛大に水まきをしていたら叱られる状況、そこで出てきたのがこの標語でした。

枯れた芝生は茶色じゃないんだ!あれは黄金色なんだ!!あの黄金色こそが、我々の新しい緑なんだ!!

…とりあえず意味が分かったとき、「負け惜しみ」とか「酸っぱい葡萄」という言葉が頭をよぎりました。ひとまず数回ツッコませろと。

でも、最近の長雨のせいでそんな芝生もすっかり緑に戻りました。

Photo_2  Photo_3

まあ、それはそれで

会社の近所にある洗車屋さんが心配ですが

雨の日は当然のように休業してるし、そうじゃなくてもこの天気だと洗車なんてする気にまずならないしで(ちなみに自分は渇水状態のときでも、洗車すると三割くらいの確率で数日のうちに雨に降られてました。マーフィーの法則とでも言うんでしょうかgawk

しかしまあ、そんなことを言っていたら今度は数日前、北カリフォルニアにあるオロビルダムの放水路が決壊に危機だとか、そこが壊れていることはずっと前から分かっていたけどカラッカラだしお金も無いしで放置していたとか、そんなニュースが…(日本でも報道されてたみたいですね)。とりあえず一言いわせてもらえるのなら

加減ってものを考えよう

空模様までアメリカンと言ったら偏見ですかね?

2017年2月14日 (火)

久々来ましたお導き

週末の日曜日、たまにはいつもと違う駅で電車を降り、オールドタウンパサデナという小洒落たレストランあり、ショッピングセンターありな街を散歩していたら思わぬものにバッタリと出くわしました。

ゲームセンターです

なんて言うか、家のそこそこ近所できっちりしたゲーセン見たの、初めです。しかもそこは普通のゲームセンターではありません。

レトロゲー専用ゲームセンターです

お店の名前はネオンレトロアーケード。お店のホームページはこちらをクリックしてください
1時間10ドル、1日25ドル払うと店内のゲームが遊び放題なフリープレイスタイル。この値段を高いと思うか安いと思うかはあなた次第。日本の1回100円感覚で言えば安いし、アメリカの25セントや50セントの感覚で言うとちょっと高いし、といったところでしょうか。
それにしてもゲームのこととか本当に何も考えていなくて、ただ何となく散歩していたらバッタリとこういうお店にブチ当たる。かつては当たり前のようだったこの、妙な引力に引っ張られる感覚を感じたのは久々です。日本を含めて、ゲームセンターの絶対数が減りまくりというのもあるんでしょうけど。

Photo

店内の様子です。日曜の午後三時くらいということもあってけっこう盛況。筐体のメンテは良好、小さなお子さん連れの親とか十代っぽい子とか、自分よりも明らかに年上の人とか、みんながゲームを楽しんでました。自分もやれドンキーコングだディグダグだ、フロッガーだ日本と違う、茄子を逆さにしたようなコントローラのせいで技が全然出せないスト2だのサムスピだのと色々やってみたのですが、個人的に1番のヒットだったのはアタリのテンペストという1981年のゲームでした。

参考動画はこちらから

ワイヤーフレームとループレバーを使ったシューティングゲーム。操作感と言い効果音と言い、その両者が生み出す爽快感と言い本当に素晴らしい逸品でした。数面でやられましたが、何も考えずにショットボタンを連打しながら、ひたすらにループレバーを回しているだけで十分楽しい、そんなゲームです。

アタリショックと言われるクソゲー乱発による家庭用ゲーム業界崩壊の大惨事が起きるよりも前、自分がまだ幼稚園児だったときにこんなレベルのゲームを作っていた、負の歴史も作っちゃった会社だけど、やっぱり名作も作っていたんだなと実感。

オールドタウンは美味しいと評判のレストランも色々あるようだし、今回の一件で電車の駅から近い(=飲んで帰れる)というのも分かったし、次の週末にでもまた行ってみたいなと考えてます。ホント、良い発見をしました。

2017年2月13日 (月)

ペルーに行ってきました(ラスト)

ペルー旅行記、最終回はリマの旧市街から話したいと思います。

Photo  Photo_2

旧市街は初日の宿泊先があった、いわゆる新市街からバスで40分ほどの距離でした。新興の高級住宅地なりビジネス街なりの新市街に対し、旧市街はもっと下町的な扱いらしいです。
上の写真はアルマスと呼ばれる広場。街並は南米と言うよりヨーロッパのような趣を残しています。
ここでは街歩きもそこそこに、最初に向かったのは大聖堂、カテドラル。ここに首都を遷すと決めた、スペインからやってきた虐殺魔レコンキスタドール、フランシスコ・ピサロの墓がある場所でもあります

Photo_3  Photo_4

カテドラルの外観、そして中央にある祭壇です。年式とかそれにまつわる特徴とかは不勉強なので分かりませんが、それでも圧倒されるだけのスケールはありました。
…ぶっちゃけ祭壇の第一印象は餓狼伝説スペシャルのクラウザーステージでしたが(高校時代かなりハマりました。ちなみに持ちキャラはジョー東)

Photo_5  Photo_6

内部には10個以上のモニュメントが飾られていました。大きさは人の背丈よりは確実にある大型サイズ。すみません、コメントできる知識がありませんcoldsweats01

もちろん前述のピサロの墓標もありましたが、そっちは写真未撮影です。どうもお墓というのは写真を撮る気になれなくて…(あくまで個人の考えなんですが)。
それにしても正直、彼が遺体をスペインに戻さず、ペルーに眠ることを選んだというのはかなり意外でした。自分が築き上げたものに対して、愛着はあったということなのでしょうか…ここだけは、ちょっと考えさせられるものがありました。

このあと、旧市街では2つほど教会やら礼拝堂やらを見ました。けれどまあ、正直最初のカテドラルだけで良かったかなというのはあります。それよりも歴史のある街並を歩いたり、お土産物屋じゃない、現地の人が普通に買い物に使うスーパーを見たりしてみたかったなと。結局ゲーム屋1つも見られなかったし。バスの車窓からポケモンだのPS3だのと書かれたポスターがある店を見つけたときには、ちょっと覗かせてくれと心の底から。
そしてそんな、微妙に消化不良感を残しながらの旧市街観光を終えると、バスはこの旅最後の目的地、ペルーの織物の歴史について展示をする「天野織物博物館」へと向かいます。

Photo_7  Photo_8  Photo_9

古代インカは冶金や建築の他に織物に関しても非常に高い技術を持っていたと言われています。上の写真は漁業に使われたと思しき網、服、そして刺繍。驚くべきことにこれらは復元品ではなく、どれも千年以上も昔に作られた現物です。
インカには日本の正倉院みたいな設備があったワケではありませんでした。それでもここまでの保存状態であり続けたのは、ひとえに異常に湿度の低い地域で埋もれていたからにほかなりません(一応土には埋もれず、箱には入っていたそうです)。
しかしこれだけ色々と器用なものを持っていながら、文字と車輪を持たなかったというのはかなり不思議。あの組石とか、どうやって運んできたのかと。

Photo_10

そんな文字を持たない古代インカの情報伝達手段がこの、キープと呼ばれる結び目でした。結ぶ数や位置でかなり細かい情報伝達(主に数字情報)ができたとか。しかしやっぱり、文字があればもっと多くのものが現代に残せていたでしょうに…勿体ない

Photo_11

博物館の展示品より。なんて言うか、スーパーロボット大戦に出てくるデフォルメ状態のビックビクトリーデラックス(byビッグオー)のモデルってこれなんじゃなかろうかと(リアル頭身だと似てません)

Photo_12

この博物館の全展示品の中で、たぶんいちばんインパクトがあったのはこの人形でした。何かの儀式の様子をあらわしているようにも見えるのですが…すみません、このあたりは駆け足になっています。旅の疲れ&前日の筋肉痛で、確実に集中力が落ちていましたので…

Photo_13  Photo_14  Photo_15

最終日の夕食はまた日本食でした。ただし二日目の夜とは違うお店。味もこっちの方がだいぶ良かったので、帰りの飛行機に乗る前にちょっとはリラックスすることができました。
一番右はリマからメキシコシティまでの便で出た朝食(フライトは午前1時発で6時過ぎに到着)。メインは珍しくキッシュ。まあ、時間も時間ですしほとんど寝ていたのですが。

そしてメキシコシティからロサンゼルスはユナイテッド航空だったのですがこれがもう、完全に客をナメてるケチくささでした。4時間のフライトで小袋のポテチしか出ないし、目の前にあるディスプレイはフライトマップを含めて全部有料だし、しかも延々ディレクTVの広告が出っぱなしで消せないしで(安全のしおりで遮蔽しました)。

Photo_16

ちなみにアエロメキシコでメキシコシティ~ロサンゼルスで出る一般的な朝食。薄いハムとチーズ入りのデニッシュとチョコレートプリン。味はそこそこ。


…とまあ、最後はちょっと愚痴っぽくなっちゃいましたがお昼頃にロサンゼルス空港に到着したことで、今回の旅は終わりました。16年の年末は日本に帰ろうかとか色々迷ったりもしましたけれど、やっぱり行って良かったなと。ナスカのハチドリとかマチュピチュの天空都市とか、日本からだと30時間くらいかかっちゃいますし。たぶん南米に観光旅行で行くことなんて、後にも先にもこれくらになるんだろうしと。次回からこのブログも、通常運転に戻ります。

Photo_17  Photo_18
オマケ:戻ってきたのが大晦日だったので帰り道、トーランスに寄って年越し蕎麦食べて、翌日用に1人前のおせちセットを買って帰りました。夜は紅白の再放送を見ながらまったりと。このへんは、とっても日本チックに過ごさせていただきました。

2017年2月12日 (日)

ペルーに行ってきました⑫

クスコで迎えた最終日の朝、すでに高山病は完全に克服していた自分ですが、目が覚めたときには別の困難に襲われていました。それは何かと言いますと

筋肉痛です

まあ、そりゃそうですよね。前日マチュピチュ山登りで、普段使っていない筋肉を使いまくっていたんですから。特に帰り道、段差の激しい階段を駆け足で下り降りた衝撃を全て受け止め続けたふくらはぎの痛みがヤバいです。歩きがほぼすり足、ラジコンロボットの擬似二足歩行みたいになっています。でもとりあえず翌日に出たということはまだまだ若いということなのでしょう。そんな風に無意味にポジティブに考えつつ、まずはバスに乗って空港に移動

Photo

空港に飾られていた太陽神、インティのモニュメントです。初代デビルサマナーでは魔神のレベル41、物理耐性で破魔無効です。
世界の多くの古代宗教がそうであるように、太陽は最大の信仰対象でした(日本の天照大御神も太陽神ですよね)。なので、これまで紹介してきたインカの遺跡、とくに神殿はあえて屋根を設置していないところも多々ありました。

Photo_2

帰りの飛行機は遅れることなく定時に飛び立ってくれました。写真は機内で出たおつまみ。ものすごく特徴のある黄色い液体は現地の炭酸飲料、インカコーラ。色は色ですが味はラムネにかなり近く飲みやすいです。ペルー以外じゃまず飲めないし、嫌いな味じゃないしということで滞在中は愛飲してました。

Photo_3  Photo_4  Photo_5

リマに着いたらまず昼食。場所は初日に泊まったホテルのすぐ近く、ショッピングセンターの中にあるレストランで鶏肉料理。幸い、初日の夕飯をこのお店でとった人はツアー参加者にはいなかったようです。紫とうもろこしのジュースはたぶんナスカで飲んだのよりか美味しかったです。そしてオレンジ色のアイスクリームはルクマという、日本じゃ縁のない果物。ネットで調べるとやれ奇跡の果実だのスーパーフードだのという言葉が出てきていますが、味は芋とかそっち系。

ここでの観光スポットは「恋人たちの公園」と呼ばれる場所でした。恋人たちの公園、なんとも不思議なネーミングです。一体なんで、こんな名前がついたのか、そんなことを思いながら行ってみると

Photo_6  Photo_7

ものすごく分かりやすかったです


ああ、うん、そりゃこんなモニュメントがあったらそんな名前にもなるよねと。むしろそれ以外のネーミング考えられないよねと。ちなみにこういうのを見るといかにも情熱的と言うか南米的と思われる方もいるかもしれませんが

Photo_8

アメリカにも似たようなのあります

場所はロサンゼルスから南に三時間ほど行ったサンディエゴ。モチーフは海兵と看護婦。端っこに見えているのは現在は退役して博物館になっている空母ミッドウェイ。二次大戦後に就航した空母なので中も見てきました(さすがに日本とドンパチやった艦だとちょっとね…)

すみません、前回「次でラスト」と書きましたが、あと1回だけ続きます

«ペルーに行ってきました⑪