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2018年8月12日 (日)

天蓋を目指して(その8)

思いの外長編になったアラスカとバローの旅、最終回はバローで訪れたいくつかの施設について紹介をしたいと思います。

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エスキモーの文化などについて紹介をしている文化施設、イヌピアット・ヘリテージ・センター

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内部には原寸大のクジラの模型やエスキモーの装飾品、北極熊の剥製などが展示されていました。またお土産物も売っていたのですが、総じてものすごく高かった…あと北極熊とかクズリ(英語名:ウルヴァリン)の毛皮を使った小物も売られていたのですが、お値段もそうだけれどワシントン条約がちょっと心配です

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センターは2階建てなので、上から写真を撮ることもできました。見てのとおり、木は一本もありません。ここの厳しい環境では生えることができないのです。建築資材の入手ルートも限られるので、内部はともかく外部はプレハブ的な建築資材がメインです。

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そして道路を挟んだ少し先には立派なショッピングセンターもありました。広い店内には食料品や日用雑貨、果ては小型のバギーまで売られており、まさにこの町のライフラインを支えていると言って過言では無いと思います。が…

お値段異常に高いです

先の文章でも書きましたが、バローは陸の孤島です。年に1回は船(骨のアーチの背後にちょっと写っています)が来たりもするのですが、生活物資の輸送は全て航空貨物に頼っています。なので当然そのお値段も…


こちらの動画で詳しく紹介していますが、トマトが1つ4ドルとかハーフカットのスイカが40ドルとか…ただ、それでも物(しかも生鮮食料品)が売られているということは当然ながらそれが商売として成り立っているからです。近くに石油プラントも存在するバローの町、聞いた話だと住民の平均年収は8万ドルになるそうです。ただ、だからと言って

・娯楽施設が皆無
・マクドナルドも無い(驚くべきことにサブウェイはあります)
・夏の最高気温が平均3度
・冬の最低気温が平均マイナス30度
・夏は二ヶ月太陽が出っぱなし
・逆に冬は二ヶ月全く日が昇らない
・飲んだくれ発生防止のため、酒類の取扱いは原則禁止

という町に住みたいかと聞かれると…ではあります。

また写真を撮ることはできませんでしたが、小学校や高校もしっかりあります。住民4400人に対して義務教育を受けている人数が700~800人はいるとのことなので、人口ピラミッドは日本よりも健全なんじゃないかと。

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地元青年会の人たちが商工会議所みたいな場所でイヌイットの踊りを披露してくれました。後ろの人が持っているのは伝統的な太鼓。かなり大きな音がします。

そうしたところを回ってツアーは4時に終了しました。ここから一泊する人たちもいましたけれど、個人的には日帰りで正解だったかなあと。日も沈まない中、ノンアルで一晩ここで過ごすのはちょっと厳しそうです。

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出発前とかにホテルの周りでもう何枚か写真を撮りました。たまにクルマは通りますが、人通りはほとんどありません。そして音というものがほとんどありません。こうしたところに自分は「荒涼と言う言葉を形にした」と感じずにはいられませんでした。人が住んでいて、大規模な災害に見舞われたとかでもない場所なのに、住んでいる人には失礼かとは思うのですが、言いようのない寂しさを感じずにはいられませんでした…

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ツアー終了後、ホテルのロビーで北極圏を超えましたよという証明書を貰いました。これは大切に取っておきたいと思いますhappy01

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おまけ:アンカレッジに戻ってから食べた夕飯、鮭定食(?)。これでも一応、アメリカ的にはヘルシーメニューに分類されます。

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もう1つおまけ:ロサンゼルスに戻ってからトーランスのスーパーで買った夕飯。お刺身の盛り合わせと豆腐&海藻のサラダ。やっぱりロスは便利です…

天蓋を目指して(その7)

バローに到着し、食事を取って少しゆっくりして、正午に始まったバスツアー。全体で4時間ほどの半日のツアーでした。

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クジラの骨を使った記念撮影用のアーチやモニュメント。左のは高さ4メートルくらい、右のは高さ2メートル、幅5メートルくらいでしょうか。
バローの住民は伝統文化としてアメリカ政府から捕鯨が許可されています。しかしガイドさんの話によると色々と制限はかけられているとのことでした。
まず捕獲できる頭数ですが今年は通年で25頭だそうです。春には9頭狩りに成功しましたが、致命傷を与えたものの海底に逃げて行ってしまったものも7頭いて、それも頭数にしっかりとカウントされてしまうそうです。なので秋の漁期に獲れるのは残り9頭だとのことでした。

次に鯨肉を商用に使うこともできないそうです。ガイドさんにどこか食べられる所は無いのかと聞いてみたのですが、あくまで個人消費か、友人に無償で分けるかしかできず、販売しようとすると政府の人間がすっ飛んでくるようなことを言っていました。正直、かなり残念。

ちなみに食べ方は茹でて食べるか凍らせて(話の感じだとルイベみたいにして?)食べるのが一般的だとのこと。ぜひ竜田揚げとかトライしていただきたいのですが。

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ちょっと分かりづらいですが、左側には土手が作られています。これから気温がもっと下がるにつれて海からの風も強くなり、海水が道路やその先にある建物にバシバシ当たってしまうので、それを防ぐためだとか。これからもっと高くする予定だそうです。

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アメリカで最も北(て言うかたぶん世界で最も北)にあるアメフト場です。さすがアメリカ人にとって最大の国民的スポーツと言われるだけのことはあります。
ちなみにコートにホッキョクグマが来たこともあるそうです。
なお、地図で言うとこのあたりになります


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そしてアメフト場からほんの少し北に行ったところで「ここから先は道路が荒れていて行くことができない」と言われてしまいました。アメリカ最北端の地、そこまではまだ数キロありますが、ここがおそらく、自分の人生にとっての最北端になると思います。再チャレンジする気は全くありませんし(よほどの希望者がいない限りは)

このあと海岸まで歩いて、北極海の水に手を突っ込んでみました。

寒い、冷たいと言うより痛いです

youtubeの動画を見ると水着姿でこの海に突撃していった人たちの姿がいくつか確認できましたが、とてもそんなこと試す気は起きません。
ちなみにこの旅の一週間前、世界的な異常気象の中、バローも最高気温が14度まで上がりました。そのときはガイドさんの家族で海岸沿いにピクニックに行き、水遊びを楽しんだ子供達もいたそうです。まあ、14度なら分からなくは…(それでも寒いとは思いますが)

最終回、思いの外長くなったので2つに分けたいと思います。次は建物とかそっち系で

2018年8月11日 (土)

天蓋を目指して(その6)

アラスカ旅行3日目、朝の4時に目を覚まして身支度を整え、タクシーを呼んでアンカレッジ空港に出発。今日はいよいよ、アメリカ最北の地、バローに向かいます。

バロー、北極海に面し、外界のどことも道路がつながっていない正真正銘の陸の孤島、いわゆる極北アラスカに分類される地域。2年前初めてアラスカに行ったあと、そういやアラスカの最北ってどこなんだろうとグーグルマップで調べて以来、なんだかずっと気になっていた地域、別に治安に問題があるワケでもないのに、なんだか少し緊張します。

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バローに向かう飛行機は、案外大きな機体でした。メキシコ内での出張のときとか、もっと全然小さな飛行機に乗ることも多いので少し意外に思いましたが、日常物資の輸送を全て航空貨物に頼っているという関係上、人よりもむしろ荷物を運ぶために大きめの機体を使っているのかもしれません。

そして行きの便はまっすぐバローへは向かいません。アンカレッジから1時間半、まずそこから少し東、アメリカ最大の油田があるプルドーベイのデッドホースという空港に向かいます(なんだかすごい名前です。なんでも最初にそこに進出した企業から取ったらしいのですが、なんでそんな企業名にしたんだろうかと)

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プルドーベイへの到着を示す自分のケータイ。ここの天気を「現在地」として示したことのあるスマホはたぶんとっても少ないと思います。なお、この時点ですでに北極圏に足を踏み入れています。

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プルドーベイが目的地の人はここで飛行機をおりますが、そうでない自分みたいな人は機内に残ります。安全・保安の関係上飛行機から一歩も外に出ることは許されません。上の写真は客室乗務員さんにそれを確認したうえで、機内に足を残しながら半身を乗り出して撮りました。

なんでもこのプルドーベイという所には原住民というのはいないそうです。ここに住んでいる人たちはあくまで油田で働く人達とその家族そして食事や宿の世話をする人たちだけで、関係者以外ほとんどの地域が立入禁止だそうです。なんだか色々複雑です。

そして1時間ちょっと待機して、再び空路で40分、地上にかなり近くになるまで地面の様子が全く見えないほど雲が厚く垂れ込める中、ついにバローに到着しました!

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最初に出迎えてくれたのはバロー空港の建屋でした。ええ、自分も相当あちこちの空港を旅してきましたけれど、間違いなく初めてでした。

片側一車線の道路挟めばカメラ(コンデジ)に全景入り切る空港というのは

しかもパノラマ機能とかそういうの一切不使用で。

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空港のロビーです。これでほぼ、全部枠内におさまっています。

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手荷物はコンベアでなく、向こう側から係のオッチャンが手作業でここに置いて行きます。

まずこの空港の規模にカルチャーショックを受けました。空港というよりもどこか地方の鉄道駅にでも降り立ったかのような錯覚に陥ります。今はなきお台場の船の科学館、そこで青函連絡船とともに再現されていた冬の青森駅とかそっち方面を思い出しました。
とにかく自分が申し込んだツアーのロゴがついたバスを探し、8月の北半球なのにみぞれが降る、気温2度の中、ホテルに向けてクルマは走り出しました。

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マイクロバスの車窓から。そこにはボストンのようなレンガ造りの建物群も、ラスベガスのような豪華な町並みも、アンカレッジのような緑の山々に囲まれた絶景もありませんでした。あるのはただひたすら、『荒涼』という言葉をそのまま形にして描き出したかのような風景です。

「とんでもないところに来てしまった」

町の景色を見た第一印象がそれでした。それは決して後悔とかそういう意味ではなく、かと言って「来てよかった~」というような脳天気な喜びでももちろんなく、なんとも言えない、とても複雑な気分になりました。

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バスは10分もしないうちにツアー主催者の運営するホテルに到着しました。トップ・オブ・ザ・ワールドホテル、アメリカで最も北に位置するホテルです。

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宿の中はとてもキレイで清潔感がありました。そして何より、きちんと暖房が効いていたのが嬉しいです。時間はこの時点で11時前、ツアー開始の正午まで少し時間があります。

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というワケでホテルの食堂で軽く昼食。メニューはホットチョコレートとサーモンバーガー。これで25ドルとなかなかのお値段です(味は上出来でした。サーモンパテ、アラスカの他の町中で食べるよりよっぽど美味しかったですし)。

次回はたぶん最終回、ツアーのレポートをお届けいたします。

2018年8月10日 (金)

天蓋を目指して(その5)

アリエスカリゾートを出たあとはちょっと一昨年も寄った湿原地帯で寄り道をしたりしながらとりあえず来た道を戻ります。この日もアンカレッジ泊ですが翌日は早起きして空港に行くだけなので、この日のうちにさっさとレンタカーは返却。朝の手間も減らせるしレンタカー料金も安くなるしで一石二鳥です。

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ちなみにバードウォッチングの場としても開放されている湿原地帯での1枚。個人的にこれが地上で撮った写真ではベストかなあと。単なる快晴じゃなくて適度に雲があったのも今回の旅の写真映りを良くしてくれました。

向かった先は空港のほど近くにあるアラスカ航空博物館(Alaska Aviation Herritage Museum)。アラスカと切り離せない航空機との関わりについて触れた、比較的小さな博物館です。ガイドブックでは朝方アンカレッジに到着した場合、ホテルチェックインまでの時間つぶしに行ったら良いと書かれていました。

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そんな場所なので、屋内展示されている飛行機は基本的に小型機です。用途は主に郵便物の配達など。航空機を使うことでそれまで犬ぞりで20日かけて配達していた郵便物が4時間で行けるようになったことなどが誇らしげに書かれていました。

そして恥ずかしながら自分もこの博物館に来て知ったのですが、アラスカは二次大戦のとき、日米が戦火を交えた土地でもありました。アラスカの先端にあるアリューシャン列島、そこを争奪し、そして一時期は日本が占領したそうです。それは二次大戦中のアメリカ軍にとって、初めて自国の領土(植民地を除く)を占領されたこともあるという歴史でした。
(博物館内ではそのときの歴史について触れたビデオもやっていました)。このあたりの歴史についてはウィキペディアとかを見ると概要が記載されています。

ただ、全体的にそれをもって日本を非難するとかそういう色合いは薄かったと思います。

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日の丸の旗が高いところに掲げられていたり、当時のポスターが額縁に入って良好な保存状態で置かれていたのを見るかぎりは(もちろん勝者の余裕というのもあるでしょうし、額縁も地面に置いてある時点でちょっと微妙な感じはするのですが)

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ちなみに屋外には今なおアメリカで使われているF15戦闘機やアラスカ航空のボーイング737などが、わりとぞんざいに展示されていました。戦闘機、普通に手で触ることができます。

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ジャンボジェットの機内。案外狭いです。ここにあんだけの座席を詰め込んで、100人以上の人間を乗せているのかと思うと…まあ家とかも家具が無いと狭く感じるものですが。

そしてこの博物館、フッド湖という湖の湖畔にあるのですが、ここにあるフッド湖水上飛行場は世界一多忙な水上機の飛行場だそうです

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実際こんな感じの小型飛行機が数分おきに離着陸を繰り返していました。湖畔には管制塔を模した展望台(と言っても2階建てですが)もあり、天気の良い日にそこのベランダでボーッと飛行機の離着陸を眺めるのも楽しいと思います。

そして博物館の人にこれはどういう用途の飛行機かと聞いたところ、観光用がほとんどだとのことでした。遊覧飛行であったり、釣りスポットへの送迎用であったりと。うん、個人的にはそういうのだったら陸路で十分です。離陸するとき、結構左右にブレながら飛び立っていましたし。

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そしてレンタカーを返したらタクシーで市街地に戻り夕食。メニューはオヒョウ。翌日は飛行機に乗るしということで、前の日よりはだいぶ軽めです。

明日はいよいよアメリカ最北端、バローへ向かいます。

2018年8月 9日 (木)

天蓋を目指して(その4)

アラスカ旅行前半、アンカレッジの旅、保護センターの次に自分が向かったのは前回行きそびれたというよりも今回の旅行計画中に存在に気づいた場所、アリエスカリゾートホテルでした。

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山中にあるキレイなリゾートホテル。泊まってみようかとも思ったのですが、数週間前にはすでに満室だったので断念。

なんでここに行ったかと言うとロープウェイで山の上の方に行けるからです。

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つくづく言いますが、自分は高いところ苦手です。足すくみます。飛行機とか必要だから乗っていますが、未だにあんな巨大な物体が空を飛ぶのか理解できません。ベルヌーイの定理?何それ美味しい?という感じです。

でも高いところからの見晴らしは好きというあたり、我ながらめんどくさい性格しているなとは思いますcoldsweats01

山頂までは6分ほどなのですが、往復(と言うか当日は何回でも乗れるみたいです)チケットが30ドルとかなり高め。ただ、山頂にある食堂で使える20ドルの食券がついたチケットは39ドルです。ホテルの中でお昼食べなくて良かった…(メニューにピンと来るものが無かったのでやめといた)

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トレッキングルートもかなりしっかり整備されているので、歩いて山頂を目指すこともできるみたいですが。ええまあ、やってもよかったんですけどね。脚力にはそこそこ自信ありますし。ただまあ、これ以外にも色々と予定が詰まっていたのでスケジュール優先で仕方な(略)

とにかくロープウェイで頂上に行くと、そこに待っているのは期待以上の景色でした。

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いや~、なんて言うか、本当にこの日が晴れていて良かったです。山頂からの景色は今回初めて見ましたが素晴らしいの一言でした。
ちなみにこのあたり、スキー用のリフトも併設されていたので冬には滑ることもできるみたいです。山の傾斜を見るかぎり、かなりの難コースだと思いますが。

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お昼はカニサラダのサンドイッチとアラスカ海産物のチャウダー(と言うわりにかなりジャガイモでかさ増ししていましたが)、それにクランベリージュース。きちんとキッチンで手作りしているので美味しかったです。とくにサンドイッチに使われているパンが固さ(固めと柔らかめの中間)とか少し甘みのある生地とかでかなり自分好みでしたし。

次回はレンタカーを返しがてら、空港近くにある航空博物館に向かいます

2018年8月 7日 (火)

天蓋を目指して(その3)

人生の最北端、バローを目指すアラスカの旅。しかし2日目はまだアンカレッジです。

ゆっくり休んで目を覚ましカーテンを開ける。するととっても嬉しいことに天気は晴れていました。この時期のアラスカは曇りがちなので、それだけでものすごくラッキーな感じです。晴天が当たり前のロサンゼルスでは持ちようの無い感覚です。

それでいて気温は18度くらい。観光をするには最高と言えるコンディションの中、レンタカーを走らせました。

前回行かなかったアンカレッジの観光地を巡る旅、最初に向かったのはアラスカ野生動物保護センター(Alaska Wildlife Conservation Center)でした。怪我をしたり親をなくしたアラスカの野生動物を保護し、生態系の観察など今後の研究と、子供達の勉強に活かすための施設です。

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広大な敷地と山々を背景とした美しい景色、正直これだけでもう、来た甲斐があったと感じました。つくづく好天であったことに感謝です。動物たちはフェンスの向こうにいて触ることはできないですし、種類ごとに仕切られているので大きな動物園と言えなくはないのですが面積が広いので動物園特有の臭いは全くありません。散歩をするだけでも気持ちの良い環境でした。そんな保護センターで見た動物たちですが

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白い毛皮を持ったキツネの仲間であったり

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四本脚の哺乳類としては最大クラスのサイズを誇るエルクであったり

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仲睦まじい鹿の親子であったり

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アメリカの国鳥であるハクトウワシであったりします。

繰り返し言いますが、彼らは再び自然の環境に戻されることは(基本的に)ありません。あくまでこの保護区という安全しかし隔離された世界の中で、一生を過ごすのです。

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て言うかもう少しやる気出せgawk

お前ら犬じゃないだろうと。オオカミだろうと。実像はともかく物語では誇り高い獣として描かれる存在だろうにと。えっと、世の中都会のペットのワンワンでさえ、もう少し機敏に動き出せるような寝方をしているの結構いますよ?ええもう見た瞬間吹き出しましたよ。これは確かに野生への復帰なんて絶対できないだろうなと。

アンカレッジではこのあと、2箇所ほど観光地を回りました。それらの場所については次回書こうと思います。

天蓋を目指して(その2)

アメリカ最北端と言うか人生の最北端、バローを目指すアラスカの旅。前回の反省を踏まえて今回はとにかく余裕をもった日程を組んで行こうと考えていました。そのため初日は移動メイン、二日目はアンカレッジでまだ行っていないところを回って1日を過ごし、3日めにバローに向かうという日程です。

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朝6時のフライト(これはこれで早起き大変でしたが)でシアトルを経由してお昼すぎにアンカレッジに到着。レンタカーを借りてホテルに行って、そぼ降る雨の中を街歩きして、そこで遅めの昼食として食べたのがアラスカ名物(?)のトナカイホットドッグ。市内のホットドッグスタンドで6ドルで買いましたがかなり美味しかったです。うん、アラスカで1番当たり外れが無いのがこれかもしれない。

ちなみにハズレが多いのはサーモン系です

なんせきちんと漁に出て近海で捕れたイキの良いサーモンだろうと、川を遡上して産卵して力を使い果たした、北海道の方言で言うところのホッチャレだろうと、「アラスカ産天然サーモン」には違いないワケで…なお、土産物屋さんでは賞味期限が4年くらいあるスモークサーモンが大量に売られていますが、これも正直オススメしません。ぶっちゃけ鮭缶を缶詰のかわりに真空パックしただけなので…その割にいいお値段するし(帰国時の土産物用に複数購入しましたが、1つ食べた時点で「これは土産物にできないな」と思って家庭内消費を決め込んでいます。炊き込みご飯にしたり、いろいろ工夫はしているのですが…)

そして街歩きして宿に戻って一眠りして、それから夕食として食べたのが以下のメニュー

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イカのフライにマグロのタタキ、オニオンスープに地ビールです。
どれもメニューを見て想像していたものとわりと違うのが出てきましたが、まあそれはそれ。味も悪くなかったですし(頼みすぎで最後の方はだいぶ苦しくなっていましたが)

ちなみにアメリカでオニオンスープを頼むとかなり高確率で写真みたいなオニオングラタンスープが出てくるので注意が必要です。

とにかく食べ過ぎで苦しかったので宿に帰って胃腸薬を飲んで、早めに就寝することにしました

2018年8月 6日 (月)

天蓋を目指して(その1)

5月に行ったインディ500関連のネタもすっぽかしてる状態ではありますが…

8月の頭に数日休みを貰い、三度目のアラスカに行ってきました(ブログには書いていませんが、去年も行っています。行き先はアラスカの真ん中あたりにあるフェアバンクス、そしてそこからクルマで2時間ほどの距離にあるデナリ国立公園。メキシコ出張から戻ってきて空港の駐車場で荷物だけ詰め替えて深夜便で行くという強行軍が祟って、バテすぎて楽しみきれなかったという大変に後悔が残る旅でしたが…)

今回の旅の目的地はアラスカ最北端であり同時にアメリカ最北端の町であるバロー。目の前は北極海で地理的には北緯71度23分に位置しています。ちなみに日本の最北端、北海道の宗谷岬が北緯45度31分。アンカレッジ(南端)、フェアバンクス(真ん中あたり)、そしてバローと毎年着実に北上しています。

ちなみにこれでも世界最北端の町ではありません。人間が定住している場所という意味ではカナダのアラート(北緯82度28分)が最北ですし人口1000人を超える町という意味ではノルウェーのロングイェールビーン(北緯78度13分)が最北です。
しかしアラートは民間人立入禁止の軍事拠点、ノルウェーのは場所的にまず行く機会も無さそう。そう考えるとたぶんここが自分の人生で訪れることができる地球の最北端なのではないかと思い、今回の旅を計画しました。ええ、ぶっちゃけ人生最北の場所に行くこと。これだけが今回の旅の目的でした。しかも幸いにして、そういうツアーを企画している旅行会社さんもありましたし。ホント、なんでも商売になるんだなという感じです。

次回から写真付きで旅行記を書いていきます

2018年6月 5日 (火)

インディ500観戦記①

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アメリカ北部、インディアナ州にあるインディアナポリススピードウェイで行われる、1周2.5マイル(約4キロ)のオーバル(楕円)コースを200周するレースです。クルマの最高速度は時速350キロを超え、今年で102回目の開催を迎え、F1のモナコGP、世界耐久選手権のル・マン24時間耐久レースと並び世界三大レースの1つと称されるこのレースに、アメリカ駐在5年目にして初めて、日本からやってきた会社の同僚と一緒に行ってきました。

5月25日(金)
まずは同僚と合流するためにロサンゼルスからの直行便でシカゴに移動。当初は午後二時くらいには到着する予定だったのが、いきなり飛行機が2時間遅れますgawk
それでも空港到着後、シカゴは街中が混むし駐車場も高いということだったので、空港から地下鉄で市内に向かいました。

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シカゴ空港駅のホーム。だいぶ年季が入っていて、薄暗い感じです。トイレの掃除とかは行き届いていましたが。目的地の中心街に着くまでにはちょっと治安の悪そうな、あまり夜道に一人で歩きたくないような場所も通りました(同僚には電車でのルートやホテルの場所など全部伝えてあり、先に行ってもらっています。海外経験は豊富な同僚ですが、アメリカは初めてだったのに…ちょっと無茶ぶりしたかなともcoldsweats01

とにかく自分がホテルに着いたのは午後の五時過ぎ、本当は初日に美術館くらいは行っておきたかったのですが縁が無かったものとすっぱり諦め、ホテルからほど近いシカゴの名所、ウィリスタワーに向かいました。

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ウィリスタワー。旧称シアーズタワー。高層ビルが多く、スカイスクレイパー(摩天楼)の街と言われるシカゴを象徴する高層建築です。
442メートルという高さはサンシャイン60(約240m)の倍近く、建設された1973年から25年間にわたり、世界で最も高いビルであり続けました。

…と言うワリにはなんか低くない?

他とくらべて格段高そうにも…と、下から見上げたときにはそんな印象しか持たなかったこのビルなのですが、いざ高速エレベータ(けっこう揺れる)に乗って最上階の展望フロアに来てみるとたしかに別格でした。

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周りのビル、見下ろしまくりです

ああ、こりゃ確かに高いやねえと。そしてこのウィリスタワー、こんな高さにありながらもガラス張りでビルに外に突き出している空間(The ledge)というのがあります。

うまく写真撮れなかったので公式サイトをご参照ください

ええ、行きましたさ…立ちましたさ…めっちゃへっぴり腰で、下をチラっと見ただけで震え上がりながら…
高所恐怖症なので普段は絶対こういうの行かないんですが、相方がノリノリだったのでそれに付き合う形で。でもこういう「他人の趣味に合わせて自分一人じゃ絶対やらないことをする」というのは最近わりと楽しみの1つだったりします。

会社イベントのお絵かき教室は全力で逃げましたが

うん、ちょっと形に残るのは勘弁してください

そして夕食、初日の夕食、場所はシカゴ!ならば食べるものはこれしかない!!そう

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シカゴピザです

ディープディッシュピザと呼ばれる、アメリカでも最もボリュームの暴力と言えるピザ。一体どんな敬意でこんな悪魔的進化を遂げたのかは分かりませんが…なお、写真のピザですが

これでSサイズです

メニューには「2-3ppi」という見慣れない表記。どうやらperson per pieの略のようなのですが、たぶんシカゴと言うかシカゴピザの店以外でこんな単位を見ることは無いでしょう。ちなみにLサイズだと8人前くらいにはなるそうです。
女性なら1切れで充分、大の男でも2切れでちょうど良いのを無理やり半分ずつ食べたせいで、かなり苦しくなりました。持っててよかった新三共胃腸薬。

明日はシカゴから南下して、インディアナ州に向かいます。

2018年4月22日 (日)

目下好調のベイスターズを振り返って

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プロ野球開幕からもうすぐ一ヶ月、まさかベイスターズがこんなに好調な開幕を迎えられるとは、予想だにしていませんでした。

去年の先発陣で勝ち星トップ3だった今永、ウィーランド、濱口の全員が怪我で開幕絶望、代役はルーキーやこれまで未勝利の投手、それに独立リーグからの復帰組と、まあ三本柱が戻ってくるまでは借金5くらいで収まってくれれば上出来すぎるくらいだと思っていたのが、まさか広島と首位争いをしていようとは…しかもチーム防御率と盗塁数がセリーグトップ、これまで過去数年で何度か調子の良い時期はあったものの、どちらかと言うと投手陣はダメな中を打ち勝って行くパターンだったので、これまでとは全然パターンが違います。

思えば2000年代、親会社がTBSだったときは本当に暗黒時代でした。5連敗、6連敗は当たり前、連敗が3で止まるとずいぶん早く止まったなと思い、シーズン終盤まで3連勝が1度も無かったシーズンもあり、借金の数はもはや笑うしかないレベル。某大手掲示板でこんなコピペがあっても、それにただただ頷くのみでした。

●試合は負けるものだと思って観戦する
●一試合にいいところを一つでいいから探す
●試合に勝とうが負けようが監督の謎采配を受け入れる
●勝った日は野球ニュースをはしごしこれが最後かもしれないと噛み締めながら観る
●そのうち超大物の助っ人外人(白薔薇の再来)が入団してくるハズだと信じる
●相手エースが先発の日はいさぎよく負け試合を確信する
●若手(石井琢二世または和製クルーン)の成長を何よりの楽しみとする
●どうしても辛くてガマンできないときは98年日本一のビデオを観る
●毎週月曜日は「今日は絶対負けない日」と心穏やかに一日を過ごす
●チームが負けている時、巨人戦中継を見て負けているのを見て自己満足をする。

最下位は当たり前、三年連続90敗以上、シーズン終盤になるとあと何勝何敗ペースなら100敗を回避できるのか真面目に計算、内川の打率がチームの勝率を上回るなんてこともありました。
…諦めが悪くズルズル引きずる性分ですが、よくファンを止めなかったなとちょっと思います。

それが親会社がDeNAに代わり、チームの再建が始まってはや6年、よくぞここまで上がってきてくれたと、つくづくそう思います。
そして同時にここ数年のベイスターズは、1つの人生教訓を与えてくれました。それは何かと言うと

堕ちていく先に底なんて無い

という事実です。

一度落ち目になったときにこんなことを言う人がいます
「いっそとことん落ちた方がいい」
「その方が膿を出し切れる」
でもはっきり言えます。

そんなのは幻想だと

ベイスターズは結局TBSが親会社でいる間、ずっとどん底から抜け出すことはできませんでした。数年の例外を除き、ずっと最下位を走り続けました。膿はどんどん溜まり、それを出し切って上昇気流に乗るなんてことはできませんでした。

組織でも個人でも、ダメだと思ったらそこで全力でブレーキを踏み、アクセルをふかす、そうしないと上がって行くことなんて出来ない、堕ちていく先に勝手に底を打ってくれるなんてことは決して無い。それが現実なんだなと。

…とまあ、最後は何か重いうえにまとまりの無い話になってしまいましたが、とにかくベイスターズにとって今年は20年ぶりの優勝のまたとないチャンスだと個人的には思っております。

自分は基本アメリカにいるのでスタジアムに応援に行くことはできませんが、何とか混戦模様のセリーグを勝ち抜いて、優勝目指して突き進んでほしい、今はただそう願ってます

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