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2011年11月28日 (月)

今年も終わったなあ

…と、まだ師走にも入ってないのにこのセリフですが。

日本時間で今日午前一時から、地球の反対側ブラジルで今年最後のF1レースがありました。結果はレッドブルのマーク・ウェバーが優勝、小林可夢偉は9位に入賞し、コンストラクターズで猛追していたトロ・ロッソチームを振り切りなんとか総合成績7位を守り抜くことができました。前戦アブダビGPで感じた可夢偉の復活、それが気のせいではなく、最後にきちんと復調できたというのは来季に向けて非常に大きいと思います。

そしてその少し前にプロ野球はソフトバンクの日本一で幕を閉じ、同じ週末大相撲は安定の白鵬優勝、個人的に応援していた稀勢の里もなんとか大関昇進を決め、来年一月の初場所を迎えることになりました。

というワケで個人的に興味のあったスポーツが全部終戦してしまったので、上記のタイトルになっております。

んで結局、ベイスターズはどうなるんでしょうかねえ…工藤監督は個人的に楽しみではあるけれど、下柳やラミレス獲るんだったらハムの林やドラの河原あたりを獲りに行ったほうがいいんじゃないかと思うんですが

2011年11月14日 (月)

行ってらっしゃい中嶋一貴!

前述の可夢偉に続いてモタスポネタをもう一つ

先週、国内レースの最高峰、フォーミュラニッポンの最終戦が茂木で行われました。結果、トムスチームのアンドレ・ロッテラー選手が7戦中5勝し、圧倒的な強さでチャンピオンを獲得、ロッテラー選手のチームメイトであり自分が応援していた中嶋一貴選手はランキング二位となりました。結局シーズンを通して一度もチームメイトに勝てなかった一貴選手ではありますが、初参戦でランキング二位は十分立派(ちなみにロッテラーは今年で九年目)

ちなみに一貴選手、初参戦の選手の中で一番の成績ということでルーキー・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。インタビューで「中嶋選手もタイトル獲ってますよ」と言われて一瞬何のことかわからない顔したり、受賞式でものすごくバツが悪そうにしていたのが笑えましたけど。
まあ、F1経験者である自分は「ルーキー」扱いされる立場じゃないっていうのは前から言っていましたが、でも、幕内から十両に落ちた力士が必ず活躍できるわけでもないし、メジャーからNPBに入って開幕前に「新人王の資格は辞退する」と言っていたけど全然活躍できなかったピッチャーとかもいるので胸を張っていいと思います

そんな中嶋選手ですが、来年はトヨタチームの一員としてルマン24時間を含む世界耐久選手権に参戦、F1を離れてから丸二年の歳月を経て、再び世界の舞台に挑戦します。トヨタのルマン24時間での最高位は2位、ぜひとも中嶋選手には僚友となるアレクサンダー・ブルツ選手、ニコラ・ラピエール選手と一緒にこの記録を塗り替えてほしいものです(ってブルツは知ってるけどラピエールって選手は知らなかったり…coldsweats01

でも本当は、もう一度F1で走ってほしいんですけどね

おかえり小林可夢偉!

長かった…本当に長かったです

F1グランプリ第18戦アブダビGPにて小林可夢偉選手が10位入賞を果たしました。第10戦のドイツグランプリから8戦、時間にして四カ月弱ぶりの入賞、そしてポイントゲット、これでコンストラクターズ(チーム)の総合順位争いで直接の競争相手であるチームトロ・ロッソに対してチーム全体で1ポイントリード、最終戦を前に少し優位に立ちました。ちなみにこのコンストラクターズランキング争い、勝つか負けるかで委員会からの賞金に200万ユーロの差があります

この数カ月、小林可夢偉はずっと不調でした。本人の走りは決して悪くないのに、さまざまな不可抗力や不運に巻き込まれ、さらに競争相手であるチームフォース・インディアやトロ・ロッソが急激に力をつける中で悪戦苦闘、見ているファンでも出口の見えない不安に駆られていたのですから本人のプレッシャーはいかほどだったかと思います。
でも昨日の可夢偉はスタートで(結果的にあまり意味なかったけど)一気に順位を上げ、レース中も抜群の嗅覚で前を走る相手を抜き去り、そして終盤のペースは上位陣と遜色なし(最後の方は全体で4位くらいのペース)。去年の後半から今年の前半にかけての彼が戻ってきたという感じがしました。だからこそ、タイトルの言葉になっています。

残るは二週間後の最終戦、ブラジルGPのみ。ぜひここでもポイントを獲得し、来季に向けていい形でシーズンを終えてほしいと思っております。

2011年10月 6日 (木)

青森に行ってきました②

そして今週末は鈴鹿に行きます。目的は日本グランプリ、F1観戦は19年ぶり、六年ぶりくらいにデジカメも新調しました。

というのはさておき青森市内(?)観光編パート1です。

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バスの待ち時間が一時間ほどあったのでその間の時間つぶしと行ってみた青函連絡船「八甲田丸」。中はもちろん博物館ですが、同じ青函連絡船を展示している船の科学館とはだいぶ趣が違いました。船の科学館が東北風景のセットとかあったりわりと華やか(?)なのに比べると少しさびしい感じはありましたけど、実際の連絡船での映像資料や当時使われていた郵便列車が丸ごと船内に入っていたりと「現物」はこっちの方が豊富な感じ。

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船内に展示してある郵便車両。港に通じている線路を使って丸ごと青森~函館を往復してました。保存状態も見た感じ良好で今となってはかなり貴重な車両です

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船の心臓部です。製造は本田技研工業、エンジンの型式はV型12気筒で名前はRA-121Eです(嘘、元ネタF1です)

…と、そんな感じで船内を軽く一巡したらバスの発車時間になったのでバス停へ移動。目的地は日本最大級の縄文時代遺跡、三内丸山遺跡です。青森駅からはバスで20~30分くらい。

この遺跡、あまり予備知識なしで行ったのですが

・入場無料
・写真撮影自由
・(大量に発掘されまくってるから)本物の土器に触れることができる

と大変に気前の良い所でした。平日のせいかお客も少なくエアコンもきいていたのでじっくり見物できましたし。

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展示品の一例。土器、石匙、翡翠のアクセサリーです。これらはこれらでもちろん興味深く見させていただいたのですが、個人的にある意味とっても「ツボ」だったのがこれでした

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失敗した土器

…えっと、それを展示しちゃいますか?ご丁寧にガラスケースごしに。

もしこれを作った縄文人な人が自分の失敗作が数千年後、特別に展示されていると知ったらたぶんめっちゃイヤがると思います。いっそ殺してくらいに思うかもしれません。きっと

「え?それ飾っちゃうの?やめようよそういうの、なんか罰ゲームだよ。それよりホラ、こっち見てよこっち、これすごい自信作なんだからさあ、これをそんな

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「人形と一緒にまとめて展示しないでよ…」

とか思ったりするに違いありません。ていうか、そんな古代人の心の声が思い切り脳内再生されました…一応、創作の真似事やっている人間としては。ちなみにこの話を他の人にしたところ、いいんじゃない別に

名前が書いてあるわけじゃないんだし

という反応もありました。いや、そりゃ名前は書いてませんけどね…

2011年10月 4日 (火)

青森に行ってきました①

とは言っても行ったのは八月の半ばなのでもう一カ月以上く経っていますが…

結局旅ネタとモタスポネタでしか更新できないんでしょうかこのブログはcoldsweats01

そんなワケで今をさかのぼること約一カ月の九月二日、ちょっぴり遅い、プラスアルファの夏休みを取ることができたのでまた旅に出ようと思い立ちました。
しかし休みを取れると決まったのがその週の月曜、本当は西の方(広島とか)に行きたいけれどそっち方面の宿+新幹線のパックツアーはすでに〆切り、東北の方は震災復興応援ツアーとかで二日前まで申し込み可能だったのでそれならこれまで行ったことのない青森へ行ってみようかと思い立ちました。

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今回の移動は往復とも新型新幹線「はやぶさ」でした。さすが新型、撮っていませんが車内も綺麗。

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そして車体に貼られていた「つなげよう日本」の言葉。未曽有の震災が日本を襲ってから半年以上経ちました。都内はお店の営業もかなり前から通常通りになりましたが、まだまだ日本全体が力を合わせて行かなくてはならないと改めて実感します。

そんなことを思いながら新幹線に乗車、さすがに新型車両だけあって快適です。
ただ天気にはかなり不安がありました。なんせこのとき、台風12号が接近していましたから…(実際東北、広島の他に新撰組と徳川幕府終焉の地、函館という選択肢もあったのですが、飛行機飛ばない可能性を考えてやめてます)

そして乗車三時間半、そぼ降る雨の中新青森の駅に到着したのですが、そこでの第一印象は

暑い

でした。なんかめっちゃ蒸し暑いです。東京にいるのと変わらないどころか天気を見ると東京よりも最高温度高いです。青森出身の知人からは夏休みでも青森は下手すりゃ寒いくらいに涼しいと聞いていたのですが騙されたんじゃないかと素で思いました。本当のところは騙されたとかじゃなく、なんでもこの二日がこの夏一番の暑さだっただけだそうですが…わざわざ自分がくるときにあわせなくてもcrying

その後新青森駅で電車待ちのため三十分くらいお土産コーナーで時間を潰し、電車に乗って青森駅へ。お昼時でもあったのでまずは昼食、目的はガイドブックに載っていた、おそらく名前のインパクトはラーメン史上有数であろうと思われる一品

味噌カレー牛乳ラーメン

です。ええ、味噌とカレーと牛乳です。ガイドブックによると青森県人のソウルフード、しかし上記の知人は「食べたことない」というこの一品です(汗)
…まあ自分ももんじゃ焼とか数年に一回か、外国人に東京案内したときくらいしか食べないので他県の人が知っている「地元の名物」なんてそんなもんかもしれません(お好み焼き&もんじゃ焼は具材が馴染みのある具材であることや作る過程の見た目の面白さから外国人には基本的に歓迎されます)

そぼ降る雨と蒸し暑さの中二十分くらい店を探し、入り、そして注文。カウンターごしの奥を見るとたしかに丼に味噌が入ってます。その上に牛乳かけてます。さらにカレー粉をガシガシ振りかけてます。そこに茹でた麺を入れ、炒めたもやしをスープごと入れ…

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味噌カレー牛乳ラーメンが完成しました

色んな意味での期待とか不安とか入り混じった状態でまずはスープを一啜りすると…

あれ?結構普通?

いや、美味しいか不味いかと言われたら確実に美味しいです。それは間違いありません。ボリュームも満点で食事としても十分です(新青森~青森の待ち時間に駅で売っていた東北寿司三貫セットとか食べないでおいてよかったと心底思いました)。ただ、名前から期待していたような「尖がった」感じはなかったなあと。身体が温まりそうな材料なので、豪雪の中で食べるとまた味わいが違うのかもしれませんが。

次回は青森市内の観光地について紹介します

2011年8月 3日 (水)

この一カ月ばかりの雑記

単体でブログのネタ一本書くにはちょっと短くなりそうな話題を4つほど

その1:

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七月の頭、鶴見のショッピングモールに中嶋悟さんが富士でやるフォーミュラニッポンのPRをするために来てくれました。左から二番目が中嶋さんで向かって右がレーサーでかつて小林可夢偉や中嶋一貴とヨーロッパで競い合ったこともある平手晃平選手、右端がモータージャーナリストの高橋二郎さん。

パパ嶋さんを間近で見たのは生れて初めてだったんですが、なんでこんなオジサン(失礼)見た瞬間顔がこれ以上ないってくらい満面の笑みになるんだろう…盛大な拍手でお迎えください?言われる前に両手が勝手に動いてます。今なお色あせぬ、自分にとって最高のヒーローであり、スポーツ選手は力が及ばなくなったから引退する、そんな当たり前の現実を突き付けてくれた人でもありました。

トークでは富士スピードウェイの思い出を聞かれて
「でも俺の思い出って30年以上前だからなあ…」
とちょっと困っていたり、じゃんけん大会で5回連続グー出したあとにチョキ出して、残った参加者の大半を壊滅させたりしていました。

その2:

五月の健康診断で大腸が再検査になりました。それで先週末、生まれて初めて内視鏡検査というものを。
検査前に腸を洗浄するための薬を2リットルの水に溶かし、家で二時間ほどかけて飲んでくださいと言われていたんですが、飲み干すのに5時間近くかかりました…味はポカリを不味くしたような感じだったんですが途中から全く喉を通らなくなり、お茶をチェイサーにしてなんとかという感じ。
家族に言わせるとあれはよく冷やして、200mlくらいずつ一気に飲むべきで、自分がやったみたいにぬるい水で溶かし、湯のみでチビチビやっていく飲み方は最低だとか…その情報、あと一日早く知っておきたかった…

その3:

この前小林可夢偉まさかのフィギュア化ってのをネタにしましたが今度は…

ヒーローマンがフィギュア化されますよ!

(※ヒーローマン:去年やってたロボット(?)アニメ。トランスフォーマー以外で自分が久々に見たアニメ。監修はスパイダーマン生みの親スタン・リー。作画の質も高くかなり良作。終盤駆け足だったのがちょっと残念)

…番組終了してはや一年ってときになってなんで今更…もしかして、第二部開始の布石とか考えてよろしいんでしょうか?

その4:

〆はちょっぴり真面目な話。この前会社での会話(なので具体的な内容は割愛。別にトラブルとかではなくただの雑談)の中で自分に沢山欠けているもののうちの一つに気づきました。それは何かというと、一つのことから話や物事を広げていこうという知恵と想像力。
何かいいネタを仕入れたと思ったらそれで満足して思考停止するんじゃなくて、そこからさらにもう一歩話を広げるにはどうすればいいのかというのを常に考える姿勢、それが思い切り欠けていたなあと。

まとまりの欠片もないネタですが、とりあえず今回はこのへんで

2011年7月24日 (日)

たまの更新もモタスポネタですが…

さすがにこの記事には吹きました

小林可夢偉、フィギュア&ねんどろいど化

…いや、たしかに前にも書いたようにグッドスマイルカンパニーは可夢偉スポンサーしてますよ?モタスポへの支援もかなり熱心ですよ?鈴鹿限定発売とかであればいいなとか多少は思ったりもしましたよ?でもまさか実現するとは…

ていうかfigmaの方はともかく、ねんどろいどの方は「誰だあんた」という感じしかしないんですが。ここまで美化された可夢偉なんて雑誌のイラストコーナーでも見たことないです(酷)

ちなみにフィギュアメーカが作る実在スポーツ選手のフィギュアというとこんなのもあります
クオリティは文句なしですが値段が高すぎ…

2011年6月 7日 (火)

このままいったれ中嶋一貴!

前回の記事で書きましたように先週末、大分のオートポリスサーキットにてフォーミュラニッポンの第二戦が開催されました。その結果…

中嶋一貴、初優勝!

予選は13位と開幕戦同様大きく出遅れた一貴選手ですが、前回と同じく早いピットインと安定したレースペースで二位に浮上、42周目にはトップを走る大嶋選手をワンチャンスで抜き去りそのままゴールイン、タイヤをいたわり、燃費を抑え、それでいて速く、安定したレースペースで勝利をもぎ取る勝ち方、丸一年のブランクがありながらこんな走りができるあたりF1まで上り詰めた実力は伊達ではありません。これで総合ランキングも首位に浮上です。

中嶋一貴と小林可夢偉はかつて、トヨタの若手育成プログラムで同門でした(中嶋一貴の方が二学年年上)。よきライバルであり、またやんちゃな(単身渡欧を前に一週間、寺に放り込まれるレベル)小林可夢偉と坊っちゃん育ちで優等生な中嶋一貴はその対照的な性格ゆえにかえって気が合う親友同士でもあるそうです。

この一年でだいぶ水をあけられてしまった感はありますが、なんとか中嶋選手も今年、日本でチャンピオンになり、それを足がかりに再びF1の世界に戻ってきてくれることを心から願っております。

とりあえずその前に、予選もしっかりやろうよとは思いますがgawk

2011年6月 2日 (木)

鈴鹿に行ってきました③

鈴鹿に行ってきました②の続き、今回はフォーミュラニッポンの決勝についてメインに書こうと思います。(他にも下位カテゴリのF3とか二輪の全日本JSB1000というカテゴリのレースもやっていました。F3の方は千代勝正という選手が今後期待できそうかなという感じ。二輪の方は…すみません見ていませんcoldsweats01 知っている選手がいないしどんな規格なのかも分かっていなかったので…)

そして二輪のレースをやっているときはお昼食べたりゴーカートで遊んだりしていました。

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遊んだゴーカートとそのコース。競技用のカートをベースにタイヤ同士がぶつからないように周囲にカウルをつけ、エンジンをキー起動式にし、シートベルトもつけてとレジャー仕様にした物です。一応時速は40キロくらいまで出ます。
コース一周14秒を切れれば合格、ただし一回目で超えるのには高いハードルだそうです。自分も二回スピンした挙句ベストで16秒、とりあえず自分より先に走っていた子供(ベスト20秒)には勝ちました。あ、自分以外に大人もやっていましたよcoldsweats01

こういうカートを触るのは中学生以来でしたし、最近普通の車は全然運転していませんけど、やっぱり楽しいなと。幼少のころ親を説得し、真面目にやっていればよかったです。そうすれば年齢的に小林可夢偉は無理でも同学年の佐藤琢磨と争うくらいにはなれていたかもしれません。

という言うだけならタダを地で行く戯れ言はさておきフォーミュラニッポンの決勝レースです。

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レース前、スタートを待つ中嶋一貴選手(左)と大祐選手(右)、一貴選手を見るのは06年のマカオグランプリ以来です。やっぱり個人的には一貴選手の方を応援。

レースは第一コーナーで予選一位の山本尚貴選手がクラッシュしコースアウトするなど波乱含みの展開、14番手スタートの一貴選手は混乱の中で10位に浮上しますが4周目には早くもピットイン、何かトラブルでも起きたのかと不安になりましたが、これが一貴選手の作戦でした。

フォーミュラニッポンではレース中最低一回はピットに入り、タイヤを交換することが義務つけられています。そのタイヤ交換義務を早めに終わらせ、あえて他車よりはるか後方を一人で走ることによりバトルでのタイムロスやタイヤの摩耗を避け、前方との差を詰めます。
そして前を走る車がタイヤ交換のためにピットインしている間に一貴選手はその横を走り抜けて順位を上げる…自分はメインスタンドでレースを見ていたのですが前を走るライバルがピットに入っている間に一貴選手の緑色の車が最終コーナーを立ちあがり、メインストレートを疾走して行く…

「行け一貴!間に合え!!追い越せ!!」

目の前を走る一貴選手を前に何度もこの言葉を張り上げずにはいられませんでした。

たしかにこの戦法にはレース中にバトルの末に相手を抜き去る小林可夢偉選手のように派手さやカッコよさはありません。しかしこれも立派な作戦です。安定したハイペースで走り続けることはもちろん、他の相手より早くタイヤを交換しながらもタイヤの摩耗を抑えながら走り続けることのできる技量も必要になります。
実際、最初にタイヤを交換したにも関わらず最後まで、後方のライバルを引き離し続けたのはさすが元F1ドライバーだとしか言いようがありませんでした。

そしてその結果…

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中嶋一貴、予選14位から表彰台!

写真は左から2位の小暮選手(中嶋大祐選手の同僚)、優勝の同僚、ロッテラー選手、一貴選手の所属するとトムスチームの舘監督、そして一貴選手。予選は本人いわく「ルーキーらしい順位」でしたが作戦を見事成功させ、ほとんど練習時間の無かったマシンでの表彰台は上々の成果と言えるでしょう。とりあえず、昨日は絶望してすみません
ちなみに大祐選手は11位でした。こちらは本当の意味でのルーキーですし、まだまだこれからに期待しましょう。同僚はフォーミュラニッポンのトップドライバーなんですし。

次戦は今週末、6月5日の大分オートポリス、さすがに見に行けませんがどんなレースになるのか楽しみにしています。

オマケ:

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せっかく鈴鹿に来たんだから何か買わんとね~ということで買った可夢偉Tシャツ。オフィシャルグッズということでTシャツのくせに7千円近くとえれえ高かったですがさすがに着心地は良好。F1決勝のときはこれを来て応援してます。

オマケその2:

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前述エヴァンゲリオンレーシングで売られていたタオル。ハコ車なので箱型決戦兵器なのはいいとして暴走しちゃまずいと思うんですが。

2011年5月31日 (火)

とことん行ったれ小林可夢偉!

そんなワケで(?)たまには連投記事

一昨日、ヨーロッパはモナコ公国でF1モナコグランプリが開催されました。
F1開催よりもはるか昔から行われてきた伝統の一戦、世界の富豪が集うこの国で、海岸沿いの市街地を閉鎖し行われるこのレース、世界のお金持ちがクルーザーで観戦する姿が見られるのもこのレースならではと言えるでしょう。
自分もぜひ一度行ってみたいのですが、チケットの高さ(一週間のツアーで約50万)もあり、とても行けそうにありませんcrying

しかしこのモナコグランプリ、コースの狭さ複雑さ特殊性ゆえに日本人ドライバーにとっては常に鬼門であり続けました。日本人が入賞できたのは08年の中嶋一貴(7位)一回のみ。

「1年で10年分の生活を生きている感じがする、この充実感だよ!今の自分の仕事はこれしかない」

前戦ベルギーGPで5位入賞、この言葉を残して意気揚々とモナコに乗り込んだ中嶋悟が

「力の差だよ。すべての力の差を感じた」

そう言うしかなかった、それが日本人にとってのモナコでした。

そのモナコで…そのモナコで…

小林可夢偉5位入賞!

しかも上位が潰れたレースではありません。トップ3チームの四台に続き、後ろから迫るマクラーレンのエース、ルイス・ハミルトンをギリギリで抑えきっての5位入賞です。これでドライバーズランキングもシューマッハを抜いて10位に浮上、6位のハイドフェルドまでは射程圏内と言えるでしょう。

その可夢偉を評したコラムで、片山右京が故・西山平夫氏(F1速報誌主筆)にこんな言葉を捧げていたそうです

「西山さん。やっと、僕らの夢が動き出そうとしているよ」

本当に、夢が動き出そうとしています。いえ、もう夢は動き出しています。

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